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2026年8月1日土曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!8

 

 杉本さんの写真以外のお仕事をほとんど知らないです。もっとも料理については、『趣味と芸術――謎の割烹 味占郷』(ハースト婦人画報社 2015年)を拝見して、感を深くしたことがありました。 


杉本さんの手になるお料理は、どれもこれもじつに旨そうなです。〆だけを取り上げても、とろろご飯+ふわふわ玉子汁、まぐろご飯、乾山に月見うどん――うーん、もう堪りません。その前にゲストの方々が一杯やっていることは、改めていうまでもありません。


割烹料理人杉本博司さんの面目躍如たるものがあります。しかも割烹着を着た杉本さんは、うつむいて料理をこしらえるところや、あるいは後姿をソフトフォーカスでちょっと見せるだけ――じつにしゃれているです。


林屋晴三先生や細見良行さんなど、よく存じ上げている方も登場して、ヴィジュアルにしてとても楽しい一冊でした。とはいえ、杉本さんは僕にとってやはり写真作家ですね。

2026年7月31日金曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!7

このような諦観を内に秘めた写真作家も、それを作品に表出しようと試みる写真作家も、杉本さんのほかに存在しません。一般的に写真家は、現世肯定的であり、オプティミストであり、未来志向なのではないでしょうか。その典型が商業写真家です。そうでなければ商業写真など撮っていられないでしょう。

はじめ商業写真家から出発した杉本さんが、間もなく芸術写真作家に<転向>したのは、当然のことだったように思われます。諦観を内在させているという意味で、杉本さん自身が絶滅危惧種であり、その創造物が絶滅写真なんです。「絶滅写真作家」とお呼びしたくなるではありませんか。

展覧会名「絶滅写真」は、杉本さん自身と同じくきわめて重層的なタイトルであり、杉本銀塩写真だけでなく、現代の写真を象徴するタイトルのごとく思われてくるのです。これまた独断と偏見かな( ´艸`)


2026年7月30日木曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!6

 

 

 杉本さんにはホモサピエンスが絶滅に向って進化しているという、深い読みがあります。いや、深い諦観があります。杉本さんは「太陽系が生まれて45億年という時間を1年に例えると、人類の文明時代1万年は、除夜の鐘がなる頃だ。……我々の文明も悠久の時間軸の中で、淀みに浮かぶうたかただ。メソポタミアもギリシャも、結んでは消えていった」と冷徹に述べています。


江之浦測候所建設の備忘録ともいうべき『江之浦奇譚』(岩波書店 2020年)には、「私はエジプト古代王朝を想い、ローマ帝国やインカ帝国の滅亡をも想う時、近代文明も御破算で願うという選択肢もあり得るのかとも思う。しかし誰が選択するのだろう。それは『神の見えざる手』だと思えた時もあった。しかし、今、神は、神自らが、自らの手が見えないという、新しい局面に戸惑っている」とありますもうこれはニーチェだといってもよいでしょうこの諦観を視覚化したのが絶滅写真なのではないでしょうか。

2026年7月29日水曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!5

 


 展覧会タイトルの「絶滅写真」は、杉本さんが愛して止まない銀塩写真が、いまや絶滅の危機に瀕している技法であるところから名づけられました。展覧会趣旨にあるとおりですが、さらにさまざまな意味を読み込みたい誘惑に駆られます。

銀塩写真が絶滅危惧種であることは事実ですが、写真そのものが絶滅の危機に瀕しているのではないでしょうか。スーザン・ソンダクの「現代においてすべての物は写真に撮られるために存在する」というのは、よく知られた名言です。

しかしその後デジタル写真が発明され、異常に進化しました。ソンダクの名言は、インスタグラムの予言として改めて脚光を浴びることになったわけですが、デジタルカメラで雨あられのごとく写され、一瞬で完全に消滅する可能性もあるイメージは、もう写真ではなくなっている――と僕は思います。少なくともソンダクがいう「写真」ではなくなっています。それは文字どおり絶滅の危機に瀕した写真――絶滅写真です。

2026年7月28日火曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!4

 

 
 これも私の嫌いな言葉なのだが、どうやら私は総合芸術とやらを標榜しているようだ。と思った瞬間、いや違うと内なる声が聞こえる。むしろ分散芸術の各メニューが居酒屋の壁にぶら下がっている、といった感じだろうか。冷奴もあれば、モツ煮もあるし焼き鳥もある。皆美味しく作られている。舞台、建築、彫刻、写真、料理、書。全てに共通して流れる私の通奏低音とは何だろうかと今になってふと思う。そしてそれは私の体内に流れる「空間感」なのではないかと思うようになった。「空間感」とはバランスの感覚だ。平面も立体も、音の強弱も、色の濃淡も、料理の味付けも、すべてこれでなければ「いやだ」という強い意志と意識を私は持っているようだ。

2026年7月27日月曜日

追悼 山田五郎さん4


琳派とグスタフ・クリムトの関係について、スライドを使いながら分かりやすく説きつつ、「古典」の重要性を指摘する山田五郎さんに、改めてオマージュを捧げたい気持ちになりました。ところが、その講演タイトルは「冷酒ひやざけと古典は後で効く」――さすがにうまいのを考え出されるなぁと感を深くしたことを思い出します。


その後、僕が静嘉堂文庫美術館の仕事をするようになってからも、山田さんには大変お世話になりました。世田谷岡本館で開催した「超日本刀入門」展、静嘉堂@丸の内開館記念展「響きあう名宝」を、「ぶらぶら美術・博物館」で取り上げていただいたからです。

 お陰で両者とも大成功のうちに幕を閉じました。「ぶら美の方が日美より効果あり」という業界人もいますが、なるほどと腑に落ちたことでした。山田五郎さん、長きにわたりありがとうございました。安らかにお眠りください。                      合掌                                                          

2026年7月26日日曜日

追悼 山田五郎さん3

  


 山田五郎さんは第3グループのトップランナーでした。いつも輝いていました。みんなの敬愛と憧憬を集めて止むことがありませんでした山田さんがプロデューサーとコメンテーターをつとめる「ぶらぶら美術・博物館」は時々視聴させてもらっていましたが、はじめて山田さんにお会いしたのは、2015年11月1日「古典の日」でした。

僕も呼びかけ人の一人になった「琳派400年記念祭」をことほぐ「古典の日フォーラム2015」が、この日、国立京都国際会館で開かれました。僕はパネルディスカッション「琳派とジャポニスム」のコーディネーターをつとめることになりましたが、これに先立つキーノートスピーチを山田さんにお願いしたのです。

2026年7月25日土曜日

追悼 山田五郎さん2

  


 第2は、学芸員と総称される人たちです。みずからは「学芸員とは雑芸員なり」などと卑下自嘲する人もいますが、こちらは実際の作品を相手にして、魅力的な展覧会を組み立てるのが仕事です。発表する論文や解説もたいてい作品に即していて具体的です。持論である美術館5G説のトップに位置するのが「GAKUGEIIN」です。

第3はプロデューサー、コーディネーター、コメンテーター、エディター、エッセイスト、ライター、ブロガー、ユーチューバーなどで、なぜかカタカナばかりになります(!?) もう一つカタカナを加えれば、エンターテーナー的要素が求められるということになります。


第3グループは美術の魅力をより多くのファンに伝え広めるのが仕事です。1や第2を兼ねる人も少なくありません。この3グループが、現在の美術人気を根底で支えているです。とくに第3グループの役割は大きく、第1、第2だけだったら、現在の活況隆盛はあり得なかったでしょう。

2026年7月24日金曜日

追悼 山田五郎さん1

 

 山田五郎さんが7月14日お亡くなりになりました。享年67早すぎるご逝去を心から悼み、ご冥福をお祈り申し上げます。


 現在「美術」はもっとも活気がある、あるいは人気がある日本文化の一ジャンルであるといっても過言ではないでしょう。それは創造と鑑賞に大別されますが、後者の人気を支えている人たちは大きくつのグループに分けられます。


第1は大学や研究所に籍をおいて「研究」なるものを中心に行なっている人たちで、「先生」と呼ばれることが多いようです。チョッと意地の悪い言い方をすると、所属機関の紀要に机上の空論を思い出したように時々書いたりしている人たちです( ´艸`) 僕も大学を定年になるまで、おもにこのグループでした。

2026年7月23日木曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!3

  

  私は私の職業が何かと問われると、相手が理解しやすい職種を選んで言うことにしている。 パリ・オペラ座の人たちにとって、私は演出家であり舞台美術家でもある。日本の古典芸能である文楽の人々にとって、私は杉本文楽を主宰する座主である。サンフランシスコ・トレジャアイランド再開発プロジェクトチームにとって、私は巨大な数理模型を作る彫刻家である。 奈良の国立博物館の先生にとって、私は日本の古代から中世にかけての仏教美術収集家である。 私の料理本を編集した「婦人画報」にとって、私は料理研究家である。東京の写真美術館リニューアルオープン展を任された私は写真家らしい。しかし私は自分が写真家だと思ったことはない。なぜなら私はカメラを首からさげて街を徘徊したことがないからだ。(略)

2026年7月22日水曜日

日本アート評価保存協会・森狙仙口演+ミニコンサートご参加の方々ありがとう❣❣❣

 遠藤湖舟さんの撮影です。この間「饒舌館長ブログ」でオマージュを捧げた現代美術家の遠藤さんです。素晴らしい写真をありがとう❣❣❣ オールド名フォークシンガーのように見えますが、歌っているのはチープな「モーニングレイン」です😓

 

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!2


  そんな多才な杉本の芸術の原点は銀塩写真にあります。確たるコンセプトに基づく、独自の表現による作品はまた、銀塩写真の技術としても頂点を極めるものであり、写真がデジタルに置き換わった今、その技法は今やまさに「絶滅が危惧される」ものと言えます。
 本展では杉本の初期(1970 年代後半)から現在に至る銀塩写真約60点を展観します。
 写真作品で構成する美術館での個展は、国内では2005年の森美術館以来の開催となります。

この「現代美術作家としての杉本博司」について、杉本さん自身は著書『杉本博司自伝 影老日記』(新潮社 2022年)のなかで、つぎのように告白しています。


2026年7月21日火曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!1


 東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」<9月13日まで>

 杉本博司さん――現代日本を代表する写真作家いや、世界に冠たる日本の写真作家ですね。しかし今や、写真作家は杉本さんの一面でしかなくなっています。行くところ可ならざるはなき万能の天才といった感じです。その杉本博司さんの特別展「杉本博司 絶滅写真」が東京国立近代美術館で開催中です。まずはその展覧会趣旨から紹介することにしましょう。


様々な領域で活動する現代美術作家、杉本博司(1948-)。小田原文化財団 江之浦測候所をはじめ建築分野でも活躍し、日本の古典芸能など舞台芸術の演出では国内のみならずヨーロッパ数都市やニューヨークにも進出。その活動分野は書、陶芸、和歌、料理と多岐にわたっています。

2026年7月20日月曜日

83歳誕生日のお祝辞ありがとうございます❣❣❣ 明日のミニコンサートも老躯にムチ打ち頑張ります( ´艸`)

 7月21日・日本アート評価保存協会主催・饒舌館長口演+ミニコンサート・於アイアート



木下直之さんの「やっぱりゾウが好き」展――山椒は小粒でもピリリと辛い!! 9

 

 725日(土)には、木下直之さんと都築響一さんのトークイベント「薬屋の子ども、店頭のサトちゃんを語り尽くす」が開かれることになっています。きっと5階旧貴賓室で行なわれるのでしょう。先に紹介したサトウ製薬のイメージキャラクターであるサトちゃんをテーマに、お二人が丁々発止、談論風発、侃々諤々なるトークを展開されるにちがいありません。

いま『國華』<養源院宗達障壁画特輯号>の苦い思い出をアップしましたが、都築響一さんは『國華』にとって忘れることができない大恩人です。ご著書のなかで、『國華』を「これだけの歴史を持つ雑誌が1世紀以上も月刊で、しかも日本と東洋の古典美術という専門領域のみに厳しく絞られた内容で、いまだに発行されつづけているというのは驚異である。……すべてが破格ずくめの、奇跡と言うしかない出版プロジェクトだ」と称賛し、特筆大書してくださったからです。

しかし2008年、晶文社から出版されたその本のタイトルは――『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(!?)

2026年7月19日日曜日

木下直之さんの「やっぱりゾウが好き」展――山椒は小粒でもピリリと辛い!! 8


  この養源院「白象図杉戸」を制作する前に、宗達は象を実際に見たことがあったにちがいないというのが、最初に対面したときのマイ直感でした。その後調べてみると、そのころ象が確かに日本へやって来ていたことが判ったので、『國華』論文にはつぎのように書いたんです。

伝松平忠明『当代記』によると、慶長21597中国から象が象使いとともにやって来ており、この年には別の一頭も渡来したという。また林輝等『通航一覧』によれば、同76月、交趾より生虎一頭、象一頭、孔雀二羽が徳川家康へ贈られている。象が生きていたのか剥製かよくわからないが、「虎は長崎に留め置き、其の余は上京せしむべしという、<按ずるに、此の頃東照宮後在京なれば、江戸に注進して、献物はまず京都に上せしなるべし>」とある。有名な享保131728の場合のように、洛中洛外の話題をさらったに違いない。若き宗達がこれらを見た蓋然性は、けっして低くないことになる。

2026年7月18日土曜日

木下直之さんの「やっぱりゾウが好き」展――山椒は小粒でもピリリと辛い!! 7

 


  12冊同じ表紙を使うわけですから、表紙の作品と掲載論文の内容が齟齬することは普通に起こることですが、このときは大変なことになってしまいました。というのは、この特輯号を養源院さんが檀家や関係者に配ることになっていたからです。

こんな大切な配り物の表紙が無関係の「白小葵鳳凰文袿」では、天下の宗達寺として面目が立ちません。養源院さんと『國華』は相談をして、その配り物だけ表紙を宗達の「白象図杉戸」にするという、特輯号の特別号(!?)を作ったです。養源院さんにも『國華』にも、大変なご迷惑をかけてしまいました研究上における人生最大の苦い思い出です。


それにしてもかの林健太郎先生は、生涯一度も締め切りと破ったことがないそうですさすが東大総長をつとめるような研究者は違うものだと思います。違うと思いますが、遅筆の僕にはとても信じられません。少なくとも若いころ、締め切りどおりに脱稿した原稿なんて一つもないですから!!


 ヤジ「そんなことを威張ってどうすんだ? いや、いつもの居直りというヤツだな」

2026年7月17日金曜日

木下直之さんの「やっぱりゾウが好き」展――山椒は小粒でもピリリと辛い!! 6

 


『國華』特輯号マルマル一冊ですよ!! すぐに養源院を再訪して調査させていただき、執筆に取り掛かりましたが、もともと遅筆の僕ですから、締め切りというか、脱稿が大幅に遅れてしまいました。


月刊誌の『國華』では1編(年をまたいだ1年間12冊、同じ作品の表紙を使うことになっています。「養源院宗達障壁画特輯号」を含む第92編は、これに合わせて宗達の「白象図杉戸」を表紙とすることが決まっていました。ところが僕の締め切り違反のため、1106号として出たときは、次の第93編になっていました。つまり表紙は宗達の「白象図杉戸」じゃなく、鶴岡八幡宮の国宝「白小葵鳳凰文袿しろこあおいほうおうもんうちきになっていたです。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!8

    僕 は 杉本さんの写真以外のお仕事をほとんど知らない ん です。 もっとも 料理については、 『趣味と芸術――謎の割烹 味占郷』(ハースト婦人画報社 2015年)を拝見して、感を深くしたことがありました。   杉本さんの手になるお料理は、 どれもこれもじつに旨そうな ん ...