これも私の嫌いな言葉なのだが、どうやら私は総合芸術とやらを標榜しているようだ。と思った瞬間、いや違うと内なる声が聞こえる。むしろ分散芸術の各メニューが居酒屋の壁にぶら下がっている、といった感じだろうか。冷奴もあれば、モツ煮もあるし焼き鳥もある。皆美味しく作られている。舞台、建築、彫刻、写真、料理、書。全てに共通して流れる私の通奏低音とは何だろうかと今になってふと思う。そしてそれは私の体内に流れる「空間感」なのではないかと思うようになった。「空間感」とはバランスの感覚だ。平面も立体も、音の強弱も、色の濃淡も、料理の味付けも、すべてこれでなければ「いやだ」という強い意志と意識を私は持っているようだ。

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