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2025年5月7日水曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」5


 鶴は両隻合わせて11羽描かれています。普通だったら10羽か12羽にするんじゃないかと思いますが、十一面観音という菩薩様がいらっしゃいます。十一面観音は天神様ととても相性がよいのですが、天神様と前田家の密接な関係は改めていうまでもありません。

となると、11というハンパな数(!?)も、前田家にとっては縁起のよい数であったかもしれません。なお口演では、うろ覚えで『漢書』まで持ち出しましたが、これは勇み足でしたのでデリートをかけさせてもらいましょう。

 利常は芳春院の故事にこと寄せながら、宗雪に献納屏風の制作を命じたにちがいないとずっと思ってきました。ところが今回お邪魔して表装をよく見たのですが、どこにも前田家の家紋である梅鉢がないんです。利常寄進だったらゼッタイあるはずです。いつの時代か表装替えが行なわれたのかな? いや、やはり僕の妄想と暴走だったのかな() 




2025年5月6日火曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」4

 「僕の一点」は、何といっても俵屋宗雪筆「群鶴図屏風」(個人蔵)ですね。50年前、はじめて見て驚いた忘れがたき傑作です。この屏風でも特徴的な「宗雪土坡」が構図の基本となっていますが、これはかの宗達筆「蔦の細道図屏風」(相国寺蔵)から摂取したものでしょう。1975年カタログには、「前田利常が明暦3年に建立した梯天満宮かけはしてんまんぐうに、利常自身が寄進したとの伝えがあり、地元金沢に古くから伝世されている」と書いてあります。

そこで前田家と鶴は何か関係があるんじゃないのかと思って調べると、やはりあったんです。加賀藩祖・前田利家の奥方芳春院が、金沢城東の丸郭くるわに白鶴が舞い降りたのを見て、加賀藩イヤサカの瑞祥だとして鶴の丸と名づけたというのです。銘酒「加賀鶴」はこれにちなむのかな()

2025年5月5日月曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」3

 

そのころは僕もケッコウ真面目だったらしく、会場での印象を書き込んだり、嶋崎丞先生の名論文「宗雪・相説とその作品について」にアンダーラインを引いたりしているんです()

それから50年、じつに半世紀ぶりの宗雪・相説展ということになります。この間、琳派展は数えきれないほど開かれ、それらに宗雪や相説がオマケみたいに出品されることはありましたが、この二人に焦点をしぼった特別展は絶えてありませんでした。

本展開催のウワサを聞いて、ぜひ拝見しに行こうと思っていたところ、気持ちが天に通じたのか講演の依頼が舞い込みました。 いや、青柳正規さんが旧友を思いやり館長命令を出してくれたのかな() 

2025年5月4日日曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」2

 

はじめに掲げたのは、いま石川県立美術館で開かれている特別展「加賀につづいた琳派 宗雪・相説――宗達と光琳のあいだに――」のカタログに載る「ごあいさつ」の一部です。中心となったキューレーターは村上尚子さん――15年ほど前國華清話会で大変お世話になったことも忘れられません。なぜなら当時僕が主幹をやっていたからです()

俵屋宗達は知っていても、俵屋宗雪や喜多川相説は不案内な方が少なくないでしょう。しかし江戸絵画史上、ゼッタイ無視することができない魅力的な画家です。

これまた忘れもしない昭和50年(1975)、同じ石川県立美術館――そのときは石川県美術館でしたが――で特別展「宗雪・相説展――宗達と光琳をつなぐ人々――」が開かれました。もちろん僕も拝見に出かけ、山根有三先生の講演も拝聴しました。そのときのカタログを書庫から引っ張り出してきて、なつかしく眺めながらこのブログを書いているところです。

上の写真はこの特別展の講演にいらした山根有三先生、一緒に参加された高階秀爾先生、それと50年前の饒舌館長ーーそのころは寡黙でしたが( ´艸`)

2025年5月3日土曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」1

 

石川県立美術館「加賀につづいた琳派 宗雪・相説――宗達と光琳のあいだに――」<525日まで>

石川県立美術館では、令和7年度春季企画展として「加賀につづいた琳派 宗雪・相説――宗達と光琳のあいだに――」を開催いたします。琳派は、絵画や工芸などの分野にまたがるひとつの流れで、その華やかな装飾性と洗練されたデザインから高い人気を誇り、現代の美術へも影響を与えていることで知られています。

その祖は俵屋宗達ですが、宗達の弟子である俵屋宗雪と、その後を継いだ喜多川相説というふたりの 「そうせつ」が、江戸時代の金沢で活躍したことはあまり知られていません。金沢を中心に「たはらやの草花図」という、屏風全体に草花を散らした作品が伝わり、それらに宗達も使用した「伊年」印が捺されるのはその証といえます。

本展では、宗雪と相説の作品、および「伊年印の草花図」の優品を数多く紹介するとともに、同じく京都 から金沢へ派生した五十嵐蒔絵をあわせた四十点を展示いたします。

2025年5月2日金曜日

根津美術館「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図」4

現在の段階では、光琳派と見なす山根先生の鑑定に従い「伝尾形光琳筆」としておきたいと思います。ただし、18世紀後半まで下げなくてもよいのではないでしょうか。

この屏風が有する江戸琳派史上の意義はさらに高いものがあります。鈴木其一の筆になる「三十六歌仙・檜図屏風」(『國華』1522号)の「檜図」は、この屏風を再構成した作品でした。さらに重要なのは、其一の最大傑作である「夏秋渓流図屏風」(根津美術館蔵)とこの屏風が、檜モチーフという点で共通している点です。この屏風の再出現は、江戸絵画史研究に新しい地平を拓く契機となると思い、去年『國華』1548号に紹介したところです。



 

2025年5月1日木曜日

根津美術館「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図」3


 落款印章はありませんが、酒井抱一が編集した『光琳百図』後編(1826年)に載る作品なのです。もっともこの屏風は、昭和60年(1985)秋、出光美術館で開催された「琳派作品展」に出陳されたことがありました。この展覧会を監修した山根有三先生は、18世紀後半の「光琳派」とされました。確かに光琳の直筆とすることはむずかしいかもしれませんが、出来映えは大変すぐれています。

構図は左右隻の対照がよく考えられ、屏風としての意匠性も明快で、写生的な描写と工芸的な仕上げがみごとに融合しています。だからといって、落款印章のない本屏風を光琳筆と断定することはむずかしそうですが、光琳と密接に関係する作品であることは、抱一の鑑定を待つまでもなく確実でしょう。

 





絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!8

    僕 は 杉本さんの写真以外のお仕事をほとんど知らない ん です。 もっとも 料理については、 『趣味と芸術――謎の割烹 味占郷』(ハースト婦人画報社 2015年)を拝見して、感を深くしたことがありました。   杉本さんの手になるお料理は、 どれもこれもじつに旨そうな ん ...