100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2023年3月7日火曜日

『美術商・林忠正の軌跡』14

1988年、国立西洋美術館で特別展「ジャポニスム展――19世紀西洋美術への日本の影響――」が開催されました。それまでいくつか開かれていたジャポニスム展をはるかに凌駕する、刺激的展覧会でした。しかし会場をめぐっているうちに、ジャポニスムといったって、つまるところ異国趣味じゃないかというような感覚にとらわれ始めたんです。

しかし印象派の画家たちは浮世絵の本質をよく理解しており、単なる異国趣味ではなかったというのが、本特別展のコンセプトでした。もちろんそれを全面的に否定することはできませんが、ジャポニスムとはつまりエキゾチシズムだという僕の直感は、だんだんと確信に変わっていきました。

 

2023年3月6日月曜日

三菱一号館美術館「芳幾・芳年」5

「器用貧乏」とは、なまじ器用なために、あれこれと気が多く、また都合よく使われて大成しないこと(『広辞苑』)です。しかし芳幾は「東京日日新聞」(のちの毎日新聞)の創立に携わり、その新聞錦絵で大成功をおさめ、一世を風靡しました。少し扇情的であったとしても、大成したといってよいでしょう。『広辞苑』に定義されるような意味での器用貧乏ではあり得ません。

しかし晩年は文字通り「貧乏」だったわけで、それも元をたどれば芳幾の器用さに原因があったのではないでしょうか。やはり国芳先生の心配は、現実となって現われたといえるように思います。

ヤジ「オマエは何が何でも芳幾を器用貧乏の浮世絵師にしたいようだな!!

 

2023年3月5日日曜日

三菱一号館美術館「芳幾・芳年」4

芳幾は器用に任せて筆を走らせば、画に覇気なく熱血なし。芳年は覇気に富めども不器用なり。芳幾にして芳年の半分覇気あらんか、今の浮世絵師中その右に出る者なからんと。

さすが国芳先生、弟子をよく見ていたものだと感心せずにはいられませんが、「器用貧乏」に終りそうな芳幾を心配し、エールを送ったのではないでしょうか。しかし悲しいかな、国芳先生の予感は的中してしまったようです。加藤さんによると、芳幾の晩年は困窮を極める不遇の最後でした。「落合芳幾の画業と起業」を寄稿した野口玲一さんも、「これ(国芳追善書画会)以降没するまでの晩年は振るわなかったようで、あまり良い話は残されていない」と述べています。

 

2023年3月4日土曜日

三菱一号館美術館「芳幾・芳年」3


 

人生半ばの30代で明治維新を迎えた芳幾と芳年は、最後の浮世絵師と呼ばれる世代です。江戸時代に隆盛を誇った浮世絵は、近代になると写真や石版画といった新技術、新聞や雑誌といったメディアの登場によって、衰退の道をたどることになります。そのような激動の時代にあらがうべく、彼らがどのように闘ったのか――。本展では、貴重な個人コレクションを中心に、二人の画業を振り返ります。

 カタログには練馬区立美術館の加藤陽介さんが「芳幾と芳年――兄弟弟子のゆくえ」を寄稿、二人の時代性と個性をわかり易く解説しています。加藤さんによると、二人の師匠である歌川国芳は、つぎのような比較を行なったそうです。

2023年3月3日金曜日

三菱一号館美術館「芳幾・芳年」2

坂本佳子さんがデザインしたいかにも芳幾・芳年展らしいカタログから、主催者の「ごあいさつ」を紹介しておきましょう。

落合芳幾と月岡芳年は、江戸後期を代表する浮世絵師・歌川国芳の門下でともに腕を磨き、慶応23年には、幕末の風潮を反映した残酷な血みどろ絵を共作しています。

良きライバルとして当時は人気を二分した二人ですが、芳幾はその後、発起人として関わった「東京日日新聞」(毎日新聞の前身)の新聞錦絵を描くようになります。一方の芳年は、国芳から継承した武者絵を展開し、歴史的主題の浮世絵を開拓しました。

 

2023年3月2日木曜日

三菱一号館美術館「芳幾・芳年」1

三菱一号館美術館「芳幾・芳年――国芳門下の2大ライバル」<4月9日まで>

 やはり辻惟雄さんの『奇想の系譜』によるところなのでしょうか、いまや絶大な人気を誇る歌川国芳に学び、双璧とたたえられる落合芳幾と月岡芳年の特別展が、三菱一号館美術館で始まりました。言うまでもなく芳年の方が有名ですが、展覧会名が芳幾・芳年となっているのは、芳幾が6年ほど早く生まれているからなのでしょう。

これにちなんで、33日(金)午後630分から「静嘉堂の河野館長×三菱一号館美術館の野口学芸員 33日の『桃の節句』にあま酒トーク」がオンライン配信されます。三菱一号館美術館ホームページのURLからどうぞ。参加費無料‼ 申込不要です!! あま酒トークであり、うま酒トークじゃないのがチョット残念ですが……()


2023年3月1日水曜日

『美術商・林忠正の軌跡』13

 そうなんです。燎原の火のようにヨーロッパに広がったジャポニスムでしたが、1900年のパリ万博を一つの契機として、終焉の時を迎えたのでした。そして前衛的芸術家の関心は、アフリカ彫刻へと急旋回していくのです。

しかしあれほどヨーロッパ人の心を鷲づかみにしたジャポニスムの炎が、どうしてこうも簡単に消えてしまったのでしょうか。長いあいだ疑問でした。ブームやバブルとはそういうものだ――と言ってしまえばそれまでですが、美術は人間の精神と分かち難く結ばれているはずです。マンションやチューリップの球根、またポケモンカードとはわけがちがうはずです()

 

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!7

このような諦観を内に秘めた写真作家も、それを作品に表出しようと試みる写真作家も、杉本さんのほかに存在しません。一般的に写真家は、現世肯定的であり、オプティミストであり、未来志向なのではないでしょうか。その典型が商業写真家です。そうでなければ商業写真など撮っていられないでしょう。 ...