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2024年8月7日水曜日

古原宏伸先生を偲ぶ6

 

僕はお祝いの言葉とともに、2019年冬、中国美術学院で開かれた国際フォーラム「歴史と絵画」についてレポートした「饒舌館長ブログ」のハードコピーをお送りしました。先生の大著を翻訳出版したのと同じ中国美術学院で開かれた、忘れられない国際フォーラムだったからです。

ハードコピーは結構な枚数になりましたから、朋子さんにとってはご迷惑だったにちがいありませんが、先生が親しくされたジェームズ・ケーヒル先生も登場するそのエントリー記事を、お送りせずにはいられなかったのです。

さらに朋子さんからのお手紙は、古原先生の遺された多くの手沢本が、韓国学中央研究院図書館に寄贈され、先生のお名前を付した特別コーナーが設置されたことも教えてくれました。しかもこれは、先生が台湾大学大学院で指導した韓国の学生の手を通して実現したとのこと、これまた天上にて、先生は大きな喜びに包まれていらっしゃることでしょう。


2024年8月6日火曜日

古原宏伸先生を偲ぶ5

 

その後は年賀状の交換だけになっていましたが、2009年古原先生は研究の集大成となる大著『米芾「画史」註解』を上梓されました。北宋を代表する書家にして画家であった米芾の『画史』はきわめて難解、それまで誰も全巻の注釈や訳読などチャレンジしていなかったのです。この大著には翌年第22回「國華賞」が贈られましたが、当然のことでした。國華主幹を預かっていた僕も、心をこめて祝辞を捧げたのでした。

先日、古原先生のお嬢様である朋子さんから鄭重なるお手紙をいただきました。『米芾「画史」註解』が、このたび中国美術学院から『米芾画史校箋』と題し、中国語に翻訳されて出版されたという、うれしいニュースのお知らせでした。朋子さんをはじめご遺族の深い感動に触れ、僕も胸が一杯になりました。天上の古原先生も、どんなにかお喜びになっていらっしゃることでしょう。

2024年8月5日月曜日

古原宏伸先生を偲ぶ4

 

すると先生は、二つのセンテンスだけ暗記しておけば、まったく心配無用である、一つは「トゥオシャオチェン」で、もう一つは「タイクゥイラ」だと教えてくださいました。中国旅行で必要なのは「トゥオシャオチェン」と「タイクゥイラ」のたった二つだけだというのです。

どういう意味ですかと尋ねると、「トゥオシャオチェン」は「値段はいくら?」という意味で、相手がなにか答えたら、分からなくてもすかさず「タイクゥイラ」――つまり「高すぎる!」と言い返せばよろしいとおっしゃるのです。そして僕の手帳に、「多少銭?」と「太貴了!」と漢字で書いてくださいました。

超真面目人間だと思っていた古原先生が、意外や意外、ユーモアを内に秘め諧謔を愛されることを知って、失礼ながらいよいよ親愛の情が深まったのでした。

2024年8月4日日曜日

古原宏伸先生を偲ぶ3

 

ちょうどその日、国際交流基金ジャパンファンデーションの招待旅行でハイデルベルクに到着した不言堂・坂本五郎さんの歓迎と、これまたちょうどその日40歳になった僕の誕生日を祝して、先生が準備してくださったのです。

こちらに着いてから10日間ほどのドイツ料理で、重くなっていた胃袋をやさしく癒してくれた日本食と、惑いの少なくない不惑を異国の地で迎えた僕を元気づけてくれた♪ハッピー・バースデー♪!! それをお膳立てしてくださった、古原先生の温かい思いやりが改めて思い出されるのです。

その前後のことです。大学食堂メンザで一緒にランチをとったとき、僕が一度中国を旅行してみたいと思っているけれども、中国会話が全然できないので踏ん切りがつかないんですと、先生に申し上げたことがありました。

2024年8月3日土曜日

古原宏伸先生を偲ぶ2

 

その2年ほど前、東京国立文化財研究所につとめ出していた僕は、早速書架に『画論』収めましたが、その後どれほど本書のお世話になったことでしょうか。

それから10年後の昭和58(1983)、先生ととても親しくさせていただく機会がやってきました。この年先生は、西ドイツ・ハイデルベルク大学のゲスト・プロフェッサーをつとめていらっしゃいましたが、僕も夏休みを利用して、エルウィン・フォン・ベルツ博士日本絵画コレクションの悉皆調査に、ハイデルベルク大学へおもむいたからです。先生も僕もローター・レダローゼ先生からのお招きでした。

今その時の旅日記を、書架から引っ張り出してきたところです。古原先生とはほとんど毎日のように大学研究所などでお会いしていましたが、とくに忘れられないのは720日、先生がご自分の宿舎で開いてくださった日本食パーティです。

2024年8月2日金曜日

古原宏伸先生を偲ぶ1


  尊敬してやまない中国絵画史研究者の古原宏伸先生が、202082日、91歳でお亡くなりになってから早くも4年が経ちました。先生とはじめてお会いしたのは昭和40年春、60年前のことです。僕が駒場から本郷に進学してしばらくしたある日、研究室に古原先生がいらっしゃったのです。先生は京大から東大の東洋文化研究所へ国内留学され、米澤嘉圃先生のもとで研究を続けていらっしゃいました。

すでに大人の風格があり、美術史をかじり始めたばかりの僕からは、別世界に住む研究者のように思われました。しかもそのころ僕は、西洋美術史をやろうと思っていたので、とくにお付き合いすることも、教えを乞うこともありませんでした。

昭和48(1973)先生は「<明徳出版社>中国古典新書」の1冊として『画論』を出版されました。224ページのうちに中国画論のエッセンスをさらに凝縮させた名著です。

2024年8月1日木曜日

出光美術館「日本・東洋陶磁の精華」5

 

線刻+緑釉というのが黄瀬戸と基本的に同じだ――そう直感されたのです。影響関係があったかどうかは分かりませんでしたが、よく似ていることは疑いありません。その図版解説をお書きになったのは、編集担当の三上次男先生です。東部内モンゴルでの体験を〆にされた解説も実にすばらしく、感動的美しさに2度も訪ねた内モンゴル希拉穆仁シラムレンの風景を思い出しながら、早速使わせてもらうことにしたんです。

しかし『世界陶磁全集』13には、所蔵者が書いてありませんでした。実際に見てみたいなぁと憧れ続けて23年――ついに邂逅のチャンスに恵まれたんです。しかもお手伝いしている出光美術館で開かれた「出光美術館の軌跡 ここから、さきへⅢ 日本・東洋陶磁の精華――コレクションの深まり」の内覧会においてですよ!! その瞬間残りの陳列を見ることなく、「僕の一点」はこれだ!!と決めたのでした。


絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!8

    僕 は 杉本さんの写真以外のお仕事をほとんど知らない ん です。 もっとも 料理については、 『趣味と芸術――謎の割烹 味占郷』(ハースト婦人画報社 2015年)を拝見して、感を深くしたことがありました。   杉本さんの手になるお料理は、 どれもこれもじつに旨そうな ん ...