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2018年2月14日水曜日

出光美術館「色絵」4


もっとも、中国画はモノクロームを主体とする絵画であり、日本画はポリクロームを愛用する絵画であると規定して、それとのパラレルな関係にまで筆を進めるならば、それは行きすぎだと思いますが……。

この問題を考えるとき、「五彩菊花文輪花皿」(出光美術館蔵)ほど、興味深い作品はありません。清時代、景徳鎮窯で焼成された皿で、明らかに出光美術館が所蔵する古伊万里の、同じモチーフ同じデザインの皿を写しているんです。このようなやきものは、チャイニーズ・イマリと呼ばれていますが、かの景徳鎮がコピーした日本のやきものは、「色絵」だったのです。もっとも、このころの景徳鎮は、昔日の勢いを失っていたそうですが……。

また、徽宗絵画コレクションの著録『宣和画譜』の巻12にみえる日本絵画に対する次のような批評は、このような日本の色絵を考える際にも、ある示唆を与えてくれるように思われます。

2018年2月13日火曜日

出光美術館「色絵」3


もちろん、まったくなかったわけじゃありません。伊万里にも鍋島にもちゃんと青磁の完器がのこっています。時代が下れば、波佐見でも立派な青磁が焼かれています。僕も戦前に焼かれたと思われる三田青磁の小皿を愛用しています(!?) 柿右衛門や大川内山鍋島藩の窯跡からは、白磁の陶片も出土しています。

陶片だけではありません。静嘉堂文庫美術館の山田正樹さんに聞いたところ、柿右衛門にも伊万里にも白磁の完器はたくさんあるそうです。しかし、これらをもって中国の逸品と対抗させるのには無理があることを、誰しも認めざるをえないでしょう。

ところが、この特別展に出陳されているような傑出せる色絵なら、充分中国の白磁や青磁、青白磁、また青花にチャレンジすることができるのではないでしょうか。あるいは、凌駕することも不可能ではないでしょう。こんなところから、僕は「色絵」こそ日本を象徴するやきものだと主張したい気分になったのです。割り切っていえば、中国のやきものは単色釉に最高のものがあり、日本のやきものは色絵に最高のものが求められるのではないでしょうか。


2018年2月12日月曜日

出光美術館「色絵」2


しかし、楽しませくれるだけではありません。日中比較美術史の観点からも、実に興味深い展覧会だといわなければなりません。会場に足を踏み入れれば、すぐ眼に飛び込んでくる「色絵熨斗破魔弓文皿」(サントリー美術館蔵)や「色絵松竹梅文大皿」(出光美術館蔵)から、柏木さんの解説を聞きながら一つずつ見ていきました。

はじめは「いいなぁ」「すばらしいなぁ」という感嘆だけだったのですが、やがてこれこそ日本のやきものなんだという確信めいたものに、高まっていく心の変化を感じたのです。

その対極には、中国・宋代の白磁や青磁、影青(青白磁)といった単色釉のやきものがありました。あるいは、元代や明代の青花(染付)でした。その染付はともかく、白磁や青磁では、日本はとても中国にかなうものではありません。そもそも我が国には、まともな白磁や青磁などなかったという方が正しいでしょう。


2018年2月11日日曜日

出光美術館「色絵」1


出光美術館「色絵 Japan CUTE!」<325日まで>

 色絵――といっても、色絵具で描いた絵ではありません。『新潮世界美術術辞典』には、「日本の工芸用語。釉薬をかけて焼きあげた陶磁器の表面に、諸色の上絵具をつかって絵や文様を描き、窯に入れて妬きつけたもの。いわゆる上絵付のことで、赤絵・五彩などとほぼ同義である」とあります。具体的にいえば、古九谷・柿右衛門・鍋島などの磁器や、野々村仁清・尾形乾山の京焼に代表される、江戸時代に花開いたカラフルな焼物です。

しかしキューレーターの柏木麻里さんは、板谷波山の葆光彩磁までを含め、カラフルな色彩の美が最大のチャームポイントとなるやきものを広く色絵と見なして、この企画展を構成しています。

サントリー美術館から招いた3点を加えて、160点ほどの「色絵」を、「季節を祝う、慶びを贈る」「ファッションと文学 流行をシェアする――やきものとファッション」「Japan CUTE 世界を駆ける 伝言ゲームの柿右衛門」「かたち・色 百花繚乱」「色彩茶会 カラフル・ティーパーティー」の5章に分けて楽しませてくれます。

2018年2月10日土曜日

鎌近「堀文子展」3


以前、秋田県立近代美術館の仕事をしていたとき、堀文子展を開きたいなぁと夢みたものでした。この白寿記念展にも出陳されている、初期のシュール的な「廃墟」と「八丈島風景B」はこの館のコレクションでした。1949年、親しくなった土門拳の誘いを受け、洋画家の岡田謙三夫妻とともに、堀さんは八丈島を訪れました。

「見るもの聞くもの全てが珍しく感動の連続で、生命力あふれる激しい色や形の南国の植物や、水桶を頭にのせた少女の姿にも惹かれました」と、堀さんは『ホルトの木の下で』(幻戯書房 2007年)に書いているそうです。また、夭逝した秋田出身の画家・柴田安子は、堀さんのあこがれでした。

そんなこともあって、是非やりたいなぁと思ったのですが、微力にして実現には至りませんでした。閨秀画家の研究者でもある後任の仲町啓子さんに、すべて託すことにしましょう。最後に「僕の一点」として、ネコ好き館長の立場から「月と猫」(米八グループ蔵 1950年頃)をあげたいと思います。土門拳にしては、対象の美に心奪われたような「堀文子と猫」(1949年)のネコがモデルにちがいありません。 



2018年2月9日金曜日

鎌近「堀文子展」2


それは絵のそとに書かれた賛文のようなものでしょう。その意味で、堀さんの絵は文人画的性格を秘めているのではないでしょうか。それだけではありません。その自由な生き方も、どこか文人画家を思わせるところがあります。親しくさせてもらっている写真家・飯島幸永さんの『堀文子 美の旅人 画家のまなざしと心を追って』(実業之日本社 2010年)は、その生き方をレンズ越しにとらえて秀逸です。

ところで、「霧氷」に見入っていた僕の耳には、橋幸夫の同じタイトルの名曲が三半規管の奥からか流れてきたのですが、上流家庭に生まれた堀さんは、歌謡曲などにご興味もご趣味もないことでしょう。年譜によると、その誕生は191872日のこと、したがって今は99歳、堀さんの白寿をことほぎつつ、全画業をクロノロジカルに見せてくれる素晴らしい記念展です。

僕は堀さんのように元気に、そして美しく老いたいものだなぁと思いつつ、開会式に臨みました。水沢勉館長の挨拶は、堀芸術の「生命のリアリズム」を語って、とても印象深いものでした。

2018年2月8日木曜日

鎌近「堀文子展」1


神奈川県立近代美術館「白寿記念 堀文子展」<325日まで>

 堀文子さんは、僕の大好きな閨秀画家の一人です。いかにも女性らしい――などというと今やバッシングを受けるかもしれませんが、カタログの表紙を飾る「霧氷」(神奈川県立近代美術館蔵 1982年)のような繊細にしてナイーブな風景画を、男の画家が描けるものでしょうか。

カタログには『堀文子画文集 命といふもの』(小学館 2007年)からの一節が引かれていますが、そのきらめくような言語表現は、造型表現と美しい共鳴を起こして、見るものを魅了します。この絵に心をあずけるためには、さらに深く絵のなかに入って行くためには、どうしても次のような文章が必要であるように感じられました。

厳冬の二月。この木の梢は、精緻なガラス細工に変わるのだ。夜の中に、レースをかけたように細い枝が氷に包まれ、朝日を浴びて輝く霧氷の森となる。その神々しさは此の世のものではない。陽が昇るにつれ、枝のガラスはキラキラと身を躍らせ散り落ちる。歩く度に氷の梢が虹色に変り、ふりしきるガラスの糸に見とれて、私は気もそぞろに歩き廻る。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!14

    この「MINGEI」と名づけたお店は大成功、絹枝さんは店番と子育て、杉本さんは 出張 買い付けと役割分担をする ことになり 、すぐに離婚は取りやめになりまし た。 目出度しめでたし!! 僕が杉本さんをニューヨークにお訪ねしたのはちょうどそのころ でした 。 昭和61年 1...