明治28年(1895)4月から7月にかけ、京都の岡崎で第4回内国勧業博覧会が開催されました。これにあわせて、東京と京都を代表する日本画家に屏風を揮毫してもらい、競演を楽しもうという企画が立ち上がりました。
その経済的後援者になったのが岩﨑彌之助でした。今でいえばスポンサーですが、むしろ古めかしい「施主」という言葉を使いたい誘惑に駆られます。このビッグプロジェクトに対する深い共感が彌之助にあったことは、改めて指摘するまでもありません。東京の画家は、彌之助がみずから選定したというんですから……。
人はだれしもこの幸福な島国で、春、とくに桜の季節を京都や東京で過ごすべきだ。その季節には、思い思いに着飾った人々が、手に手をたずさえ桜花が咲き乱れる上野公園をはじめ、すべての桜の名所に出掛けてゆく。彼らはその際、詩作にふけり、自然の美と景観を賛美する。……世界のどの土地で、桜の季...
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