もちろん波山も知っていたでしょう。光を隠すとか、かすかな光という意味です。不思議なことに、波山においては近代的美術教育やアール・ヌーボーと荘子が結び付いちゃっているんです(!?)
かつて蕪村の微光感覚を巡る一文を書いた時や、出光美術館で抱一の光の感覚についてしゃべった際に、これをキーワードに選んだものでした。江戸時代の画家なら、不思議でもなんでもないんですが……。
葆光とは波山の美意識であり、人柄でもあったように感じられてなりません。
美味しいお斎 とき を堪能したあと、画伯がお住まいだった円覚寺の伝宗 庵 でんしゅうあん へお参りしました。 お薬師様 の彫像 に守られるアトリエに入れていただくと、画伯がお元気だったころ 多くの方々と 一緒に お邪魔したときの情景が、昨日のことのごとくよみがえってきました。...
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