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2019年8月31日土曜日

諸橋轍次博士2


 

 先生は1883年、新潟県南蒲原郡四ッ沢村大字庭月――その後下田村[しただむら]字庭月――現在の三条市庭月に生まれました。1908年、東京高等師範学校を卒業、漢学の教員として同校に勤め始めた先生は、1919年、文部省より命じられ、中国哲学および中国文学研究のため2年間中国へ留学することになりました。

ところが中国に行ってみると、満足な漢字辞典がなく、大変苦労したことが契機となり、ライフワークとなる『大漢和辞典』の完成を決意したそうです。その後、これを伝え聞いた大修館社長の鈴木一平氏が先生のもとを訪れ、浩瀚なる漢和辞典の構想を提案したことも鼓舞するところとなり、以後35年にわたる苦難の大事業が開始されたのでした。

2019年8月30日金曜日

諸橋轍次博士1




 
 諸橋轍次先生は大著『大漢和辞典』13巻(大修館書店)――通称『諸橋大漢和』の編著者として、あまりにも有名ですね。僕がこの辞典から受けた学恩を、どのように表現したらよいのでしょうか。どのような感謝の辞を捧げたらよいのでしょうか。最近、この大著がデジタル化され、とても使いやすくなりました。そのパンフレットに推薦の辞を求められた僕は、次のようなオマージュを捧げたのでした。

『諸橋大漢和』は黄金です。きわめて価値高く、これなくして東洋文化を、いや、人間の文化そのものを語ることはできません。しかし黄金です。きわめて重く、机の上に広げるのも楽ではありません。それが一挙に解決されるデジタル時代がやってきました。新しい検索機能は、さらに黄金の価値を高めています!!

2019年8月29日木曜日

三菱一号館美術館「マリアノ・フォルチュニ展」5


その絵画もじつに素晴らしいのですが、多くテンペラ画である点がおもしろく感じられました。フォルチュニは油彩画よりも、テンペラの方を好んだのです。油彩画と比べると、テンペラは乾きが速いために、色の面を平塗りにすることや、ぼかしテクニックを用いることが比較的むずかしく、おのずと線的描写が多くなるといわれています。これは日本画の性格とちょっと似ています。

フォルチュニのテンペラ作品を見ると、超絶技巧を身につけていたと思われる彼は、このようなテンペラの弱点をみごとに克服していることが分かります。しかし、フォルチュニが日本画に近いテンペラを油絵より好んだという事実――それを僕はとてもおもしろく思いながら、濃密なる会場をあとにしたのでした。


2019年8月28日水曜日

三菱一号館美術館「マリアノ・フォルチュニ展」4





なにしろ相手がおおらかなイタリアと中国ですから、これまた「こころの風景」に書きたいような、楽しきトラブルが発生したことは言うまでもありません(笑)

それはともかく、このシンポジウム終了後、フォルチュニ美術館をぜひお訪ねしたいと思いましたが、時間的余裕がないままに帰国してしまいました。今回、長年の渇望がいやされることになったというわけです。

この三菱一号館美術館展では、フォルチュニ美術館の全面的な協力のもと、フォルチュニ芸術の中核をなす服飾作品のほか、絵画、版画、写真、舞台装飾作品、さらに彼がコレクションした日本のカタガミを含む関連資料が、洗いざらい展示されています。ここであえて「総合的に」になんて言わず、「洗いざらい」といったのは、デルフォスにはオススメの洗濯屋さん指定されていたからです(笑)

2019年8月27日火曜日

三菱一号館美術館「マリアノ・フォルチュニ展」3


1996年、ヴェネツィアのカ・フォスカリ大学教授で国際北斎研究所所長のジャン・カルロ・カルツァさんが主宰する国際北斎シンポジウムが、ヴェネツィアで開かれました。もっとも、この回のテーマは北斎じゃなく、20世紀の日本美術だったのですが……。

僕にも発表の招待状が来たので、以前勤めていた東京国立文化財研究所で、ちょっとは馴染んでいた黒田清輝についてしゃべることにして、準備を始めました。

ところがこのとき、第2回目の北京日本学研究センター出張講義で北京にいたものですから、北京空港からイタリアへ飛ぶことになったという、思い出深い海外旅行、いや、海外→海外旅行でした。

2019年8月26日月曜日

三菱一号館美術館「マリアノ・フォルチュニ展」2



デルフォスの垂直性は、直線裁ちを特徴とする我が国の着物とも美しき共鳴を起こしています。そんなことを思いながら見ていくと、フォルチュニが着物からヒントを得て作った作品が展示されているではありませんか。やはり、デルフォスを考え出したフォルチュニの感受性は、日本の着物にも鋭く反応していたのです。

ただし、その着物風ドレスは基本的に室内着だったらしく、デルフォスの上に羽織るものであったようです。やはりコルセットを嫌ったフォルチュニは、着物といっても、女性の体を締め付ける帯には関心が向かなかったのでしょうか。

グラナダで生まれ、ローマとパリで育ち、ヴェネツィアで活躍し成功を収めるに至ったフォルチュニが、どこの国の人かなどと問うことはもうナンセンス、すぐれたコスモポリタンであったというべきでしょう。そのヴェネツィアの邸宅兼アトリエは、フォルチュニ美術館として公開されています。


2019年8月25日日曜日

三菱一号館美術館「マリアノ・フォルチュニ展」1


三菱一号館美術館「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」<106日まで>

 マリアノ・フォルチュニ(18711949)は、軽くてしなやかでシンプルなフォルムの<デルフォス>を創り出した天才的なデザイナーです。デルフォスは繊細なプリーツを縦に施した、レディーのためのシルク・ドレスで、フォルチュニはギリシア彫刻から霊感を得たそうです。確かによく似ていますが、僕はギリシア彫刻より、アール・デコとの強い親近性に興味を掻きたてられました。

デルフォスはコルセットを必要としない、着心地の好さとも相まって社会から迎えられ、フォルチュニは早くも20世紀初頭、服飾界の寵児となったと、カタログには書いてあります。しかし、コルセットは必要ないかもしれませんが、着る人自体の美しい体形は必要じゃ~ないかな?(笑)

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!10

    このような虚実皮膜の間にある写真によって、虚実皮膜の間にある ジオラマを写せば、それは虚実皮膜の間の二乗になります(!?)  本展第1章の「虚像を実像として提示するというコンセプト」というタイトルを、はるかに超えちゃっているように感じられます。 杉本さんの「ジオラマ」シリ...