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2023年9月7日木曜日

浦上玉堂『國華』特集号3

 

近年、浦上玉堂についての研究状況が大きく変化したことは近世絵画研究者の間で共通の認識であろう。展覧会としては、2006年に岡山県立美術館・千葉市美術館において行なわれた「浦上玉堂」展……(以下略)。

それに伴って研究も進んできたのだが、こうした動向をもたらした中心の一つとして岡山県立美術館の守安収氏らが発起人となって始まった『浦上家史』編纂委員会の活動が挙げられる。2013年、本格的に始動したが、書籍の刊行のみならず、「玉堂清韻社」という会を組織し、会報を刊行、展覧会・シンポジウムなどの企画にもコミットした。


2023年9月6日水曜日

浦上玉堂『國華』特集号2

 

それじゃ~美術史学の存在意義がまったくないじゃないかと非難されても、出来ないものはできません。精々できるのは、それを言語化することにかなり成功した、ブルーノ・タウトの『日本文化私観』を紹介することだけです。

この浦上玉堂をモチーフに、「浦上玉堂研究の現在」と題された『國華』の特輯号が発刊されました。編集を担当したのは御存知!!板倉聖哲さん、彼の「特輯にあたって」の一部を引用することにしましょう。


2023年9月5日火曜日

浦上玉堂『國華』特集号1

 

『國華』1532号<特輯 浦上玉堂研究の現在>

 浦上玉堂――何とすばらしい文人画家でしょう。この「饒舌館長ブログ」でもずい分オマージュを捧げてきました。しかしその素晴らしさを言葉に表現することも、分かるように説明することもゼッタイできません。

近代美術史学の泰斗とたたえられ、先日も紹介したヤーコプ・ブルクハルトが言うとおりなんです。彼は「もし最も深い内容、すなわち美術品が表現している究極のものを言葉で言いあらわすことが一般に可能であるならば、美術とはまことに余計なもので、すべての建築や彫刻や絵画は、それぞれ建てられたり刻まれたり、描かれなくてもよかったであろう」と書いているそうです。

2023年9月4日月曜日

竹浪遠『松竹梅の美術史』8

 

一般的には明の士大夫・鄭彦ていげんが松竹梅図の嚆矢といわれているけれども、唐の時代には描かれていたことが明らかだと、紫雲先生は李邕詩の発見を誇っていらっしゃいます。もっとも鄭彦は、明じゃなく宋の人のようですが……。

この『松竹梅の美術史』は鹿島美術財団の助成を受けて出版されました。竹浪さんも「あとがき」で真率なる謝辞を捧げています。この美術財団のお手伝いをさせてもらっている饒舌館長にとっても大切な一冊――読後すぐ書架に収めたのでした。

それはともかく、松竹梅が日本へもたらされて、マツ・タケ・ウメと大和言葉で読むと、どうして回らないお寿司屋さんの符丁になっちゃったのかな?(笑)


2023年9月3日日曜日

竹浪遠『松竹梅の美術史』7

もっとも、揚補之が松竹梅を一緒に描いた最初の画家ではないようです。愛用する金井紫雲の『東洋画題綜覧』によると、すでに唐の有名な書家・李邕りようが、松竹梅図に6言詩を着賛しているんです。これもマイ戯訳で……。

 雪見 楽しみ酒を酌む 寒さ身にしむ独り部屋

 氷を割って湯をわかし 茶を煮りゃ部屋も温まる

 チョット酔ったらいい気分 子供を呼んで画をひろげ

  心ゆったりにこやかに 「松竹梅花」と題を書く 

2023年9月2日土曜日

トークショー「都市と美術館」3

 

 これは1883年の講演ですが、都市にギャラリーや美術館が出現してそれほど年月が経っていない時代です。それに対する理想主義的観念や明るい高揚感に満ちていて、すべてに懐疑的・悲観的になっている現代の私たちをうらやましがらせてくれます。ブルクハルトが饒舌館長の「質量主義」とか「気軽に楽しめる美術館」なんていうキャッチコピーを知ったら、きっと怒り出すことでしょう。

 ブルクハルトは講演に先立ち、つねに広範囲にわたって周到な準備をしました。しかしいざ講演となると、このような苦労の片鱗も見せませんでした。話しぶりは自由で、……そして一切は真に偉大で、人間らしく親しみ深い個性で満たされていたそうです。

  ヤジ「俺のは講演じゃなく口演だなんて居直っているのは、どこの誰だ!!」


2023年9月1日金曜日

トークショー「都市と美術館」2

 

準備をしているときに思い出したのは、近代美術史学の泰斗とたたえられるヤーコプ・ブルクハルトの『ブルクハルトの文化史講演集』<新井靖一訳>(筑摩書房 2000年)の「美術コレクションについて」の一節です。ブルクハルトは次のように述べています。

私たちはギャラリーを画家たちのために訪れるのではまったくなく、むしろ私たちのために訪れる。私たちは、さまざまの偉大な時代の芸術を私たちに示してくれる、理想主義と真理の高貴な結びつきのうちに、私たち自身の感覚と観照を豊かにしてくれるものを見出すことで、それをもって幸福と思うべきである。


東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」11

  とはいえ、 宗眼 重信も 基本的には伝統的な障壁画の画題 方式 にしたがっています。花鳥之間の西側には富士之間があります。文字どおり 霊峰 富士 が描かれていたと推定される 部屋ですが、この部屋の南側には床の間が しつらえられて いました。 つまり富士之間は花鳥之間より格式が...