文末に「繭山龍泉堂」とあるだけですが、川島さんの文章であることは疑いありません。先の『新潮世界美術辞典』と比べていただくと、この間における唐三彩研究の進展がよく分かると思います。
この「ごあいさつ」にあるように、唐三彩が世に現われるようになったのは、20世紀に入ってからのことでした。いま開催中の静嘉堂@丸の内開館記念展「響きあう名宝――曜変・琳派の耀き――」の後期には、「三彩鴨形容器」が出陳されることになっています。そのカタログ解説には、次のように書かれています。
文末に「繭山龍泉堂」とあるだけですが、川島さんの文章であることは疑いありません。先の『新潮世界美術辞典』と比べていただくと、この間における唐三彩研究の進展がよく分かると思います。
この「ごあいさつ」にあるように、唐三彩が世に現われるようになったのは、20世紀に入ってからのことでした。いま開催中の静嘉堂@丸の内開館記念展「響きあう名宝――曜変・琳派の耀き――」の後期には、「三彩鴨形容器」が出陳されることになっています。そのカタログ解説には、次のように書かれています。
また器種においても、多種多様な作品を出陳いたします。中でも梅瓶、燭台、建築明器類などは極めて珍しい作例と云えるでしょう。その他の作品も、同様の作例の中で美的に秀抜なものを選びました。本展に出品される作品の殆どは、1910 年代から戦前期までに市場に出たと推察されるものです。これは本展を催すにあたってとくに拘った点でもあります。唐三彩のイメージはその発見より百年以上の時を経て、だいぶ固定化し形骸化しているようにも思われます。個々の鑑賞者が感受性の扉を開き、自己の中に瑞々しい感動と新たな可能性を見出す契機となれば幸いです。
唐三彩は仏教と密接に関わっていた可能性が指摘されており、これは仏教を重んじた武則天によるその擁立と三彩の流行が、時を同じくしていることからも 明らかかと思われます。従って、初唐、高宗の治世下で武照(武則天)が皇后となった 655 年を仏教及び唐三彩隆盛の起点とみることが可能ではないでしょうか。本展には、そういった初唐後半のものと推定される作品に加え、北朝から隋、そして初唐前半に至るまでの作品も出展されております。これにより北斉から盛唐に至る三彩及び鉛釉の推移を把握する一助になればと思っております。
北斉から隋にかけての鉛釉の流行を基盤として、初唐、そして盛唐期に全盛期を迎えることとなる三彩は、北朝文化の終着点とも云えます。白という色を尊んだ北朝の人々は、隋において白磁を完成させ、隋から初唐にかけての白磁隆盛を生み出します。その裏側で鉛釉陶器も漢以来の興隆をみせることとなります。一般に三彩は武則天の治世より盛んになったと云われていますが、北斉の時点で完成しているとも云え、そこから盛唐、武周の最盛期までには、百年以上の時が横たわっております。
この繭山龍泉堂で開催された「唐三彩」展は、本当に素晴らしい展示でした。68点すべて魂を奪われるような造形と色感、しかも露出展示まであり、川島公之さんのお話を聞きながら贅沢な時間を過ごしたことでした。
川島さんは繭山龍泉堂の社長さんであるとともに、有名な中国陶磁研究者です。すでにアップしたことがあると思いますが、2018年冬ハノイで開かれた伊勢文化財団+ベトナム工業美術大学主催「日越外交関係樹立45周年記念シンポジウム 現代アートの中の伝統との出会い」のとき一緒させていただきました。大変お世話になるとともに、真摯な人柄にも深く心を動かされたのでした。
その川島さんが編集されたカタログ『唐三彩』の「ごあいさつ」も、ぜひ全文引用させていただきたいと存じます。
もっとも印象に残っているのは、呉春の「柳陰帰漁図屏風」ですね。京橋のお店で拝見した瞬間、呉春池田時代、新出の傑作だと直感、ぜひ『國華』に紹介したいと思いましたが、呉春についての知識と鑑識はゼロでした。
そこで逸翁美術館の岡田利兵衛先生をお訪ねして、所蔵品を拝見するとともに、たくさんのことを教えていただき、ようやく『國華』999号(1977年)に紹介できたことが、いまは懐かしく思い出されるのです。その後「柳陰帰漁図屏風」は静岡県立美術館に収まり、同館を代表する円山四条派作品となっています。
この唐三彩ばかりを集めた特別展が、繭山龍泉堂で開かれていました。「開かれていました」と過去形になっているのは、もう終っちゃったからです。期間はわずかに10日間、サントリー美術館の「美をつくし」展をアップしているうちに、最終日を過ぎてしまいました。申し訳ございません!!
繭山龍泉堂といっても、美術業界以外の方にはピンと来ないかもしれませんが、日本を代表するアート・ディーラーです。1905年、繭山松太郎氏が単身北京に渡って古美術の仕事を始めたのが最初で、2代目の順吉氏から現在に至るまで、僕もずいぶんお世話になってきました。
このような虚実皮膜の間にある写真によって、虚実皮膜の間にある ジオラマを写せば、それは虚実皮膜の間の二乗になります(!?) 本展第1章の「虚像を実像として提示するというコンセプト」というタイトルを、はるかに超えちゃっているように感じられます。 杉本さんの「ジオラマ」シリ...