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2019年8月7日水曜日

銭塘潮5



 じつは僕も、銭塘潮を見に行ったことがあります。それは198952日のことでした。この年の38日、北京日本学センターの講師として着任した僕は、メーデーの休みを利用して、上海→杭州→蘇州とまわる1週間の旅行に出ました。428日、夜910分北京駅発の161次・普快に乗れば、翌日の同じく夜9時に上海着です。つまりそのころ、北京~上海はまる一日かかったんです。

このときの上海における珍談については、かつて『朝日新聞』の「心の風景」というコラムに書いたことがありますし、このブログに再録したことがあるような気もします。

それはともかく、51日朝から夕方まで人力車を漕ぎ漕ぎ、西湖を案内してくれた呉正良さんの紹介で、ようやく泊れた招待所の西湖飯店を翌朝チェックアウトすると、近くの望湖飯店まで行って、貸し自転車を借りました。早速ペダルも軽やかに?銭塘江にかかる銭江大橋へ向いました。


2019年8月6日火曜日

銭塘潮4



銭塘潮というのは太陽と月の引力の関係で起きる現象ですが、川底が浅いということと、銭塘江の河口がラッパのように急激に狭くなっていることも原因であるといわれています。このため満潮になると、前の波の進度が遅くなり、後から来る波に押し上げられて巻き上がります。と同時に唸りをあげて時速15ノット(約28キロ)のスピードで銭塘江を100キロも逆流します。旧暦の818日の銭塘潮が最も潮勢が激しく、波の高さは23メートルにも達します。この日を「潮神の誕生日」といっています。この現象は世界でも、ブラジルのアマゾン河口のポロロッカと銭塘潮だけです。

2019年8月5日月曜日

銭塘潮3


 


 言うまでもなく、この8月は陰暦の8月、したがってこの七絶は<秋>の章に入っています。今なら9月というところでしょう。劉禹錫は洛陽から出たといわれる中唐の詩人ですが、印象的なのは、3度も左遷の憂き目にあっていることです。最後は太子賓客・礼部尚書まで上ったようですが、その前に3度の左遷です。というよりも、唐時代の有名な士大夫詩人は、順調に立身出世した方が少ないといってよいでしょう。

岩波文庫の『唐詩選』には、登場する詩人の簡単な伝記が、下巻の巻末に載っています。それを通読してみると、もうこれは左遷と失意と漂泊の人物辞典じゃないかと思われてくるほどです。あるいは、それらが天下の名吟絶唱を生み出すために、きわめて重要な要素として働いていたのでしょうか。必要不可欠だったとは言わないまでも……。銭塘潮については、先の『漢詩歳時記』をそのまま引いておきましょう。

2019年8月4日日曜日

銭塘潮2



81日――今日は振替休日をとったので、先日お名前を挙げた筒井康隆さんの真似をして不良老人を気取り、ちょっと卯酒を楽しみました。クーラーなんかつけずに、蚊取り線香を燻らし、先日浅草寺の壬生真康師から頂戴した団扇で涼を取りながら……。

そして、昼寝のあとは渡部英喜さんの『漢詩歳時記』を拾い読みしつつ、戯訳をつけて遊びました。そのなかに、劉禹錫が8月の銭塘潮をたたえた七言絶句「浪淘沙」があったので、これを紹介しましょう。

  八月 大地をとどろかせ 銭塘潮の季節[とき]が来る

  波濤は渦巻き龕山[がんざん]を 越えんばかりに盛り上がる

  アッという間に潮は引き 狭門[せと]を通って去ってゆく

  あとには砂がうずたかく 雪のごとくに残ってる

2019年8月3日土曜日

銭塘潮1


 

 葉月8月を迎えました。いよいよ夏本番、暑い日が続きますが、やっぱり夏は暑い方がいいですね。先月はちょっと涼しい日が多く、早く暑くなれと思っていました。もちろんビールのためです(笑) 去年の7月は猛暑の毎日、もういい加減にしてほしいと思っていたのですから、人間なんて勝手なものです。その夏が終わったころ、朝日歌壇に載った一首――ちょっと「番外地」風なので、よく記憶に残っています。

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去年の酷暑が忘れられないのには、もう一つ理由があります。というのは、朝からテレビで「不要不急の外出は控えるように……」などとやっているので、我が静嘉堂文庫美術館で開催中の「明治150年記念展 明治からの贈り物」がまったく振るわなかったからです。ディレクターとして、度し難い激暑がことさら恨めしく思われたことでした。美術館というのは、基本的に不要不急ですから……(笑)

2019年8月2日金曜日

松浦武四郎13


山本命氏の『幕末の探検家 松浦武四郎入門』(月兎舎)は、松阪市の松浦武四郎記念館につとめる著者が、生誕二百年を機に書き下ろした一書で、実証的でありながら、「入門」とあるごとく読みやすい。山本氏には今回講演もお願いしたが、多くを学ぶことができた。

やはりうまいなぁと感じ入ったのは、『司馬遼太郎 歴史のなかの邂逅』二(中央公論新社)に収められる「武四郎と馬小屋」という一文だった。文末には<『新潮45+』19827月号>と、天下の話題となった雑誌に載ったものであることが注記されている(!?)

2019年8月1日木曜日

松浦武四郎12


経世済民を旨とすべき政治的立場から、これを敗北と見なした吉澤忠先生は、かつて「田能村竹田の敗北」という名論文を『國華』に寄稿された。しかし一人の人間の生き方としてみれば、結局竹田は正しかったのだと考える私は、それに答えるアンサー・エッセーのような形で、先の論文を書いた。その竹田と同じ意味において、松浦武四郎も正しい選択を行なったのであり、人生における真の勝利者だったのではないだろうか。

企画展を開くにあたり、何冊か武四郎関係の本を読んだ。吉田武三氏の『松浦武四郎』(人物叢書)は、いまも定本の地位を失っていない。今回、お嬢さんの吉田安希さんと知り合えて、実にうれしかった。花崎皋平氏の『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』(岩波現代文庫)は、著者みずからの行き方と武四郎を重ね合わせて、読む人に猛省を促がし沈思黙考へと誘う。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!18

    けだもののみち きわめきて いまのひとひととは言えどいまもけだもの     喜怒哀楽いろ ん な話おもしろし醒めては果てん夢のまた夢   アテナイであてもないのに戦 いくさ かなマケドニアには負けられまへん   杉本絶滅写真の集大成ともたたえられるべき特別展です。じつに素...