一緒に「築地明石町」をながめていると、井手さんはご自身の感じている疑問――定説では解きがたい疑問を話してくれました。このモデルは泉鏡花の紹介で清方に弟子入りした、江木ませ子という上流婦人です。ところが、幸田露伴の未完小説『天うつ浪』に登場する「お彤とう」という魅力的な女性も、ダブルイメージのごとく重ね合わされているのです。
これらはすでに指摘され、定説となっているところですが、東洋絵画を専門とする井手さんは、日本近代絵画をもご自身の眼でしっかり見据えていらっしゃるんです。そのことを知って、ただいい絵だなぁなんて思っていた僕は、尊敬の念がいよいよ高まるのを覚えたのでした。

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