乾山も兄に劣らず能謡曲を嗜好していたわけですから、それをみずからの作品に取り入れることは「当たり前田のクラッカー」だったんです。しかし「銹絵染付金銀白彩松波文蓋物」の場合は、能謡曲の記憶や思い出がかすかに揺曳しているような作品と言った方が正しいでしょう。
それは「高砂」の本当にかすかな残り香、けっして聞こえることなく耳底にたゆたう謡の抑揚、ほとんど意識されることなく、心中に沈殿する「真之舞」の残滓とでもいったらよいでしょうか。
その キャプションは 伝狩野孝信筆としました。 土居次義先生 がこの裏面にあった「琴棋書画仙人図」 (米国・シアトル美術館蔵) とともに、 孝信 筆と推定されていた からです。 もっとも 『日本美術全集15<永徳と障壁画>』 出版 の直前に、小嵜善通さんが 狩野永徳の弟・...
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