乾山も兄に劣らず能謡曲を嗜好していたわけですから、それをみずからの作品に取り入れることは「当たり前田のクラッカー」だったんです。しかし「銹絵染付金銀白彩松波文蓋物」の場合は、能謡曲の記憶や思い出がかすかに揺曳しているような作品と言った方が正しいでしょう。
それは「高砂」の本当にかすかな残り香、けっして聞こえることなく耳底にたゆたう謡の抑揚、ほとんど意識されることなく、心中に沈殿する「真之舞」の残滓とでもいったらよいでしょうか。
この「ごあいさつ」によって本特別展の趣旨はよく分かりましたが、チョッと矛盾している点があるようにも感じられます。密教は我が国の文化に大きな影響を与え、 現代に至るまで深く浸透して生き続けている――これは否定できない事実です。ところが密教は至極深遠だというのです。「深遠」と...
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