100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2024年12月16日月曜日

東京国立博物館「はにわ」6

天皇は、これをたいそう喜ばれ、野見宿禰に詔して、「おまえの適切な処置はまったく私の気持にかなった」と仰せられた。そこで、その土物を、はじめて日葉酢媛命の墓に立てた。そしてこの土物を名づけて埴輪はにわという。あるいは立物たてものとも名づけた。そこで命を下して、「いまより以後、陵墓にはかならずこの土物を立てて、人をば損そこなってはならない」と仰せられた。

  僕の口演だと、ここで「ジンムスイゼイアンネイイトクコウショウコウアンコウレイコウゲンカイカスジンスイニン……」とやるところですが()、この垂仁天皇殉死代用説は早くに否定され、いま支持する考古学者はいないようです。埴輪の発展をかえりみると、人物埴輪が登場するのは古墳時代の後期に過ぎないのに、『日本書紀』では最初に人物埴輪が作られたように書かれているからです。こんな重要なことが、『古事記』ではまったく無視されているからです。

  *途中で根津美術館に寄り道をしましたが、また東京国立博物館に戻ろうと思います。




 

0 件のコメント:

コメントを投稿

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!17

   もっとも「本能的な欲望を、そのまま無条件に肯定するわけではなく、欲望を一度は空として否定したのち、それが持つ本来的な生命力を取り出し、そこではじめて欲望の全面的な肯定が成り立つ」そうです。こういう付帯条件をつけられると、僕などはヒドク混乱してしまうのですが、一義的には本能的...