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2024年10月7日月曜日

東京都美術館「田中一村展」8

 

すごくいい!! 芳賀徹先生の『桃源の水脈』を紹介したときにもアップしたように思いますが……。十代の神童「米邨」が南画家、いやむしろ文人画家としてスタートを切ったことを考えれば、陸游の『剣南詩稿』を書架に収め、日々馴染んでいたのではないでしょうか? 

もちろん陸游文学の豊かなイメージに惹かれたためでしょうが、侵略してきた金に対する徹底抗戦を唱え、要路ににらまれて不遇の生涯を送らなければならなかった、憂国の詩人・陸游に対する愛惜の念も強かったことでしょう。

一村に強い政治思想があったとは思われませんが、「不遇の生涯」のなかで数多くの傑作を作詩した、いや苦吟した陸游、そしてつねに慷慨の気を失わなかった陸游に、みずからを重ね合わせるようなビジョンが育っていたのではないでしょうか? 「飢え我を駆る」という一村の矜持は、陸游にも通じるごとく思われてなりません。

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