これは寛政の改革に批判的であった、大田南畝の情況と心情そのものだったでしょう。『画本虫撰』がわかる人にしかわからない絵本になった理由なのではないでしょうか。
もっとも、貞享4年より早く虫類愛護令によって過酷な処罰が行なわれていたという記録もあります。それは先にあげた戸田茂睡の『当代記』です。言うまでもなく茂睡は、綱吉と同時代を生きた江戸前期の歌人にして歌学者です。『当代記』は編年体の同時代記録で、平凡社の東洋文庫に『当代記 将軍綱吉の時代』として収められ、簡単に参照することができます。
ところが 、 澁澤栄一が 数え 92歳の天寿をまっとうして 没したのは昭和 6年 1931 のこと な ん です 。単行本『旧聞日本橋』が出版されたのは、澁澤栄一が亡くなってから4年もあとのこと だったのです 。 しかし 栄一が活躍した時代を暗示するため、澁澤青さんは『旧聞日...
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