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2020年7月9日木曜日

七夕3



三国時代の魏の曹否・曹植[そうち]の詩には牽牛・織女が「古詩十九首」と同じように、はるか離れて相見ることができない情人として詠じられていることから考えますと、牽牛・織女の伝説の成立は後漢末でしょう。それを陰暦77日としたのは傅玄[ふげん]の「擬天問」によるのです。また、鵲[かささぎ]が天の川に橋を架けるという七夕伝説は周処の『風土記』によるものです。
牽牛・織女の両星を人格化し、年一度の会合の伝説を詩にしたのはこの「古詩十九首」が最も古く、六朝時代に至って、ますます広く流伝しました。わが国にも古くから伝えられ『万葉集』にも多く詠じられています。そればかりか、平安時代の初めには、すでに朝廷の行事として定着していたようです。

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