半ば公刊をあきらめていた大漢和辞典が石井さんの助力を得られると聞いた時、私は再生の思いがした。……そこで、いつも石井さんには催促がましいお願いをした。当時石井さんは他に幾多有利の事業をかかえていたにもかかわらず、それをさしおいてまで私の事業のために全力を傾けてくれた。
さて、いよいよあと一年ほどで完成に至ると思う頃、突如石井さんは病臥の身となった。かねてからじゅうぶんの健康体でないことは万々承知はしていたが、さりとて一面事業の完成期は日々日に迫ってくる。
伊勢地方では、昔松阪町殿町に住んでいた徳川紀州藩士、継松栄治がカワラナデシコ(カラナデシコの誤り?)を栽培していたところ、偶然花弁の長い変種が発現した。これを改良したのが伊勢撫子のはじめと主張する 人 もある。 嵐冠十郎が持ち上げているのは イセナデシコ じゃ ~ ありま...
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