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2018年2月20日火曜日

鎌近「堀文子展」8


カタログのために、僕も「描かれた秋田」という拙文を書きました。秋田の画家は、ひとしなみに「望郷の念」を創作エネルギーの源泉にしていたという趣旨に沿って、柴田安子も眺めてみたのですが、恥ずかしながら、ちょっとこれも紹介しておくことにしましょう。

わたしは柴田安子について何も知らない。この特別展「描かれた秋田」が、その遺作に接する最初の機会になるのだが、昭和11年に発表されたほとんどデビュー作に近い作品のタイトルが「めらはど」であった点は、きわめて強い興味を掻き立てる。言うまでもなく、北東北の方言で娘たちの意味である。もちろんこのとき、安子はすでに東京にあって松岡映丘に就き、川端龍子の青龍社に出品したりしていたという。やがて安子は、造形的問題に果敢に挑戦するようになったようだが、その後に発表し、豊四郎が深く打たれたという山上の沼を主題とした作品などは、望郷の念に寄り添うような画趣を示すものだったのではないだろうか。

 この特別展「描かれた秋田」は、サンザンな興行成績に終わりましたが、あとで秋田のポン友から言われちゃったことでした。

「秋田で<秋田>と銘打ったら、人は絶対に来ない!!」  


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