2018年1月2日火曜日

前方後円墳2


そんなことを考えながら、師走の暮れなずむ空を中田さんと二人でながめていました。そこに階段があるので下っていくと、展示場になっていて、出土した舟形石棺が、それまでのちょっと感傷的な気分を吹き飛ばしてくれました。かつてそこには、人間の遺体が確かに安置されていたという事実に向き合わされたからでした。その人間は絶大な権力を誇った首長であったはずなのに、「兵どもも夢のあと」といった感慨がまったく起らなかったのは、ちょっと不思議な感じがしました。

前方後円墳――それは日本独特の墳墓形式です。中国にも、朝鮮半島にもないそうです。朝鮮の新羅に双円墳はあるそうですが……。あの中国や朝鮮から圧倒的影響を受けたはずの先史日本において、なぜそれらにはない墳墓形式が誕生したのでしょうか。その理由は分からないまでも、ここには日本文化を解く鍵の一つがあるんじゃないかぁと思ってきました。今回、保渡田八幡塚古墳を実際に体験したのを機に、独断と偏見による私見をアップしておくことにしたというわけです。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

水田宗子編『比較メディア・女性文化研究』6

戦後の日本現代詩の「和歌的抒情」(小野十三郎)と俳句第二芸術論(桑原武夫)に表明される詩的伝統の否定は、それが思想的に、日本、東洋思想から西欧思想へ内的基盤を移すことを意味しているわけではない。既に西欧近代はヨーロッパからの脱却として東洋思想と文芸に大きな影響を受けながら...