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2018年1月1日月曜日

前方後円墳1


一般的に前方後円墳というと、鬱蒼と樹木に覆われた、大阪の大山(仁徳陵)古墳のような天皇陵を思い浮かべますが、もともとはこの保渡田八幡塚古墳のように、石で覆われた人工の土木建造物だったのです。

もちろん、復元整備された前方後円墳は八幡塚古墳だけでなく、そのほかにも少なからず、その写真も容易に見ることができます。しかし、実際に復元整備された八幡塚古墳を見ると、写真からは感じることができなかった心騒ぎが湧き起ってきます。

中田さんに導かれて、僕は前方墳から後円墳へと上って行きました。そのてっ辺に立つと、心騒ぎは感動へと高まります。榛名山や妙義山に囲まれたこの平野で、1500年も前、人間が生活していたんです。食糧を生産してそれを明日のエネルギーとし、みんなで祭りを行ない、若い男と女は恋を語らっていたんです。彼らの血を直接引いた遠い子孫が、21世紀の日本にたくさんいることは疑いありません。あるいは僕も、その一人かもしれないんです。

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