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2024年4月30日火曜日

出光美術館「復刻 開館記念展」5

 

この一対の作のような典型的な太白尊は、他に類例をみない。はなはだ珍しい存在である。牡丹唐草の文様はかなり深く彫られており、しかもさらえた間地に櫛目を繁く印しているので、文様の浮上りがすこぶる明瞭である。一対で作られているということは、おそらく祭器として用いられたことを示唆するものであろう。

 先日紹介した「山水図(廬山観瀑図)」の彦龍周興七絶賛にも登場した李白は、ご存知のとおり、天下に名だたる酒仙詩人です。「太白尊」と命名するのを許可する代わりに、中身を詰めて天上までもって来い!!なんて、酔っ払いつつ咆哮しているのではないでしょうか() 李白がお酒をたたえた「将進酒」「月下の独酌」「少年行」などは、すでに戯訳をアップしたように思いますが、今回はマイ暗唱詩の一つ「客中行」を……。


2024年4月29日月曜日

出光美術館「復刻 開館記念展」4

 

「斗酒なお辞さぬ益荒男のような力強さ」もそのはず、もともと酒器であったらしく、かの酒仙詩人・李白の字あざな・太白を借りて「太白尊」とも呼ばれました。「尊」とは「樽」と同じ意味で、お酒を入れる容器のことです。李白尊者という意味じゃ~ありません。

このような器形を吐魯瓶とろびんというのですが、なぜだかよく知りません。「魯」は魯鈍の「魯」ですから、飲んでおろかさを吐き出すための酒を入れる瓶という意味なのでしょうか? 優に5合は入りそうですから、一対で1升というところでしょうか。『世界陶磁全集』12(小学館 1977年)にこれを取り上げた佐藤雅彦先生は、つぎのような賛辞を捧げています。


2024年4月28日日曜日

出光美術館「復刻 開館記念展」3


 去年から微力にもかかわらず出光美術館のお手伝いをすることになった僕ですが、その「僕の一点」は、一対の「青白磁刻花牡丹唐草文吐魯瓶とろびん」ですね。中国は北宋から南宋にかけての頃でしょうか、景徳鎮で焼成された逸品です。青白磁は白磁のバージョンですが、影青インチンとも呼ばれます。

青白釉が彫り文様の凹部にたまってかすかに青みを帯びると、それが影のように見えて得もいえぬ情趣を醸しだすからです。青白磁という無機質な名称より、影青の方が僕の好みですね。丸い球の4分の1ほどをカットしたような、あるいは後で述べる梅瓶メイピンの上半分だけを残したような、どっしりとした器形には、斗酒なお辞さぬ益荒男のような力強さを感じます。

 

2024年4月27日土曜日

出光美術館「復刻 開館記念展」2

本年は、皆様をこの展示室へお迎えする最後の1年となります。その幕開けを告げる本展は、58年前の開館記念展の出品作品と展示構成を意識しながら企画したものです。……開館記念展の会場を飾ったのは、仙厓(17501837)の書画、古唐津、中国の陶磁や青銅器、オリエントの美術でした。それらは、当館の創設者であり初代館長の出光佐三(18851981)が10代の頃から蒐集し愛蔵してきたもので、それぞれの作品がたたえる飾り気のない美しさは、いかにも佐三の感性にかなうものといえます。

本展では、開館記念展の内容をもとに作品を選び、当時の展示構成の部分的な再現を試みています。出光コレクションのエッセンスが凝縮された作品の数々を、いまなお開館当初の雰囲気を漂わせる展示環境のなかで、やはり当時のままに皇居外苑をのぞむロビーからの眺めとともに、何卒ご清鑑たまわりたく存じます。

 

2024年4月26日金曜日

出光美術館「復刻 開館記念展」1

 

出光美術館「出光美術館の軌跡 ここから、さきへⅠ 復刻 開館記念展 仙厓・古唐津・中国                          陶磁・オリエント」<519日まで>

 いよいよシリーズ企画展「出光美術館の軌跡 ここから、さきへ」の第1回「復刻 開館記念展 仙厓・古唐津・中国陶磁・オリエント」が始まりました。まずは仙厓和尚の指月大黒が表紙を飾るカタログから、館長・出光佐千子さんの「ごあいさつ」を一部引用することにしましょう。

出光美術館が帝劇ビルの9階に誕生したのは、昭和41年(1966)のことでした。それ以降、300を超える展覧会を開催し、数多くの方々のご来館を賜ってきましたが、帝劇ビルの立替計画にともない、令和6年(202412月をもって、しばらくの間、休館することになりました。

2024年4月25日木曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』12

 

そのとき『君たちはどう生きるか』の対抗馬(!?)として挙げたのは、色川武大の『うらおもて人生録』(新潮文庫)でした。京都美術工芸大学にいたとき、『京都新聞』から求められて、就職試験に臨む受験生にエールを送るべくエッセーを寄稿したのですが、本書から「九勝六敗を狙え」を引用したので、よく覚えていたんです。そのあと鷲田清一さんが、「折々のことば」に僕と同じくこの「九勝六敗を狙え」を選んでいたのでチョッと驚きましたが……。

『うらおもて人生録』の解説は西部邁すすむ先生でした。両書を象徴するような解説者のコントラストが実におもしろかったのですが、丸山真男先生と西部邁先生を一緒にしたら、やはり怒られちゃうかな(!?

 *「饒舌館長ブログ」では、鬼籍に入られた方のみ「先生」とし、お元気な方はひとしなみに「さん」でお呼びしています。渡辺浩さん、お許しください。


2024年4月24日水曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』11

渡辺浩さんの著作を拝読すると、恩師・丸山真男先生に対する尊崇の念が行間からも感じられます。スチューデント・エヴァリュエーション――学生による先生評価も世の流れですから致し方ないと思いますが、学問における師弟とはこうありたいものだと、襟を正したくなります。

丸山真男先生といえば、30年前、拙論「日中の自然と山水画」を書いたとき、先生の「近世日本政治思想における『自然』と『作為』」を引用させていただいたことが思い出されます。「饒舌館長ブログ」では、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)をアップしたとき、その解説が丸山真男先生であることを紹介したことがあります。

 

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!7

このような諦観を内に秘めた写真作家も、それを作品に表出しようと試みる写真作家も、杉本さんのほかに存在しません。一般的に写真家は、現世肯定的であり、オプティミストであり、未来志向なのではないでしょうか。その典型が商業写真家です。そうでなければ商業写真など撮っていられないでしょう。 ...