台湾から20名もの墨彩画家が来日され、日本の水墨画家と一緒にギャラリートークが行なわれました。日本語と台湾語と中国語が飛び交って、立錐の余地なき会場は熱気に包まれました。
日本ではかつての水墨画人気が少し薄れているようにも感じられ、チョッと寂しい思いを抱いてきました。しかしこの日は、しばらくぶりに水墨画創造への熱きエネルギーを肌で感じたのでした。
僕は応挙写生図巻のなかにある兎の写生をあげて、応挙が写生をもとにこの作品を仕上げたこと、ここにも写生主義者応挙の制作態度がよく看取できることを指摘しました。しかしそれだけではなく、ここには文化的な観念あるいは伝統的視覚も働いていたことを加筆したのです。
つまり兎といえばお月さんですが、背景をよく見ると月光を暗示させるキラキラとした雲母が刷かれているのです。また兎は木賊で歯を磨くという言い伝えも、応挙が知っていたことは明らかでしょう。それだけではありません。謡曲の「木賊」には、シテ(老翁)の「木賊刈る、園原山の木の間より、磨かれ出づる、秋の夜の月夜をもいざや刈ろうよ」という章句があるんです。つまり木賊も月と結びつきやすい植物だったのです。木賊と月は縁語関係に結ばれているといってもよいでしょう。
普通、作品を見てから『國華』に解説を投稿するまで、性怠惰にして何年もかかるのですが、このときはあまりの素晴らしさにソク書き始めたように思います。そのあとすぐ静岡県立美術館がコレクションに加え、『國華』にはその所蔵として載ったこともうれしいことでした。
豪商三井家が応挙の有力な支援者であったことから、当館には良質な応挙作品が複数収蔵されています。このうち本展のために、国宝「雪松図屏風」を筆頭とする優品を選び展示いたします。さらに各所に所蔵される重要な作品を加え、応挙が創り上げた革新的な絵画世界をお楽しみいただきます。 とくに今回は、香川・金刀比羅宮様のご厚意により、北三井家五代・三井高清が資金援助をした、重要文化財の表書院障壁画のうち二十面の展示も実現いたしました。
本展覧会の主役である円山応挙(一七三三~一七九五)は、従来より江戸時代を代表する画家として、確固たる地位を占めて高く評価されてきました。ところが近年、伊藤若冲をはじめとする「奇想 の画家」たちの評価が高まるにつれて、いくぶんその注目度が低くなっていることは否めません。
しかし、応挙こそが十八世紀京都画壇の革新者でした。 写生に基づく応挙の絵は、当時の鑑賞者にとって、それまで見たこともないヴァーチャル・リアリティーのように眼前に迫ってきたのです。応挙の絵は、二十一世紀の私たちから見れば、「ふつうの絵」のように見えるかもしれません。しかしながら十八世紀の人たちにとっては、それまで見たこともない「視覚を再現してくれる絵」として受けとめられたのです。
東京国立博物館「内山晋コレクション受贈記念『歌川広重 江戸のベストアングル』」<12月20日まで> 歌川広重――やはり 江戸時代風景版画を代表する双璧 ですね!! もちろんライバルは葛飾北斎 です。いまは北斎人気の方が上回っているかもしれませんが、本展を発火点として広重リバイバル...