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2025年5月13日火曜日

高階秀爾先生に感謝を捧げる会2

 

 19世紀後半、ジャポニスムが何故パリであのようにほとんど突然発火し、それが燎原の火のごとく一気に燃え広がったのでしょうか? この興味深い問題に僕の関心を向けてくれたのは、高階秀爾先生が中心となって1988年、国立西洋美術館で開かれた特別展『ジャポニスム展――19世紀西洋美術への日本の影響――』でした。とくに先生の巻頭論文「ジャポニスムの諸問題」が決定的だったといってよいでしょう。

これが契機となって、ちょっとジャポニスムに関する論文を読んでみました。もちろん和文論文だけで、欧文論文はスルーしましたが( ´艸`) そこで気がついたのは、ジャポニスムは単なる異国趣味から、日本美術への本質的理解へ昇華したという発達史論的プロセスが前提となり、これがほぼ定説になっているという事実でした。

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2025年5月12日月曜日

高階秀爾先生に感謝を捧げる会1

 

 510日(土)「高階秀爾先生に感謝を捧げる会」が帝国ホテル東京で開かれました。もちろん僕も出席させていただくことにしていましたが、ひどい風邪をひいてしまい――その風邪をこじらせてしまい、申し訳ないことながら出席することができませんでした。去年「饒舌館長ブログ」に「追悼 高階秀爾先生」を連載いたしましたが、その続編としてこれをアップしお許しを乞いたいと思います。

 先に高階先生の「僕の一点」として『日本近代絵画史論』を選んでオマージュを捧げましたが、拙文「ジャポニスムの起因と原動力」を書いたときも、先生のジャポニスム論から決定的ともいうべき示唆を与えられたのです。なお拙論は、『秘蔵日本美術大観』3<大英博物館Ⅲ>(講談社 1993年)のために、監修者の小林忠さんから求められて寄稿したものでした。 

2025年5月11日日曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」9

項羽「垓下の歌」

  山を引き抜く我が力 天下を覆う心意気

  しかし時勢が味方せず 愛馬の騅すいもストライキ

  騅が走ってくれなけりゃ 一体どうすりゃいいのだろう

  虞美人!! 虞美人!! 愛妾を 一体どうすりゃいいのだろう

 虞美人は項羽の「寵姫ちょうき」でしたが、ここでは同じ意味の「愛妾あいしょう」にしてみました。日本人に分かりやすく、僕のワードでもすぐに変換されますし、この方がちょっとセクシーだからです。それはともかく、もともと中国で「姫」は「妾」の意味でしたが、日本へ入ってくると、どうして「お姫さま」になっちゃうのかな?( ´艸`)

 

 

2025年5月10日土曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」8

 

僕がこれにこだわるのはもう一つ理由があります。謡曲に「項羽」という五番目物の名曲があるからです。改めていうまでもなく、前田公はみな能狂いの殿様でした。かくして加賀は能謡曲の一大中心地となったのです。

 今回も200人の講堂が満席――乗りにのってしゃべったことでした。一番受けたのは、「『加賀につづく琳派』なんていわないで、『加賀琳派』というべきです!!」というキメツケだったかな() 終わったあと人気の「黒百合」に直行、加賀おでんに銘酒「萬歳楽」を合わせれば、これ以上の至福は人生にありません()

最後に、四面楚歌のなかで項羽が詠んだ「垓下の歌」を、またまたマイ戯訳で紹介しましょう。辞世の詩を戯れに訳すなんて、人倫にもとるかもしれませんが……。

2025年5月9日金曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」7

しかしこれをモチーフ的にながめてみましょう。江戸時代、前田公をはじめ加賀の教養ある人士がこの屏風に触れれば、必ず楚の項羽と寵姫ちょうき・虞美人を思い出したのではないでしょうか。

楚漢の争いが熾烈をきわめ、楚の項羽は漢の劉邦に垓下で包囲され、虞美人と別れの宴を開き最後を遂げます。これにちなむ格言「四面楚歌」は人口に膾炙するところです。いつのころか分かりませんが、虞美人があまりに美しかったため、自刎した項羽の後を追ったあと、きれいなヒナゲシに化したという伝説を生みました。

つまり虞美人草とは、アグネス・チャンの名曲でお馴染みのヒナゲシ(!?)を指すようですが、厳密には区別されていなかったでしょう。相説もいろいろな種のケシを、取り混ぜて描いているようです。



 

2025年5月8日木曜日

石川県立美術館「宗雪・相説」6

 

 喜多川相説の「僕の一点」は「芥子図屏風」(個人蔵)ですね。1975年展のとき見て、相説のマイベストワンに決めた小ぶりの金地屏風です。相説が法橋に叙せられて間もなくのころ、教えを受けた宗雪への原点回帰をはかった作品とみなしたらどうでしょうか。宗雪は師宗達の影響もあって、みずからの号にある「雪」のような胡粉を愛して止まなかった画家でした。

この屏風において相説は、胡粉をきわめて効果的使っていますが、それはまるで宗雪「秋草図屏風」(東京国立博物館)へ捧げられたオマージュのようです。また明らかに「宗雪土坡」に対する愛惜の情が感じられるでしょう。事実、嶋崎丞先生は相説が宗達・宗雪の直系であることを世に問うためにも、金地を選んだのであろうとされているのです。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!8

    僕 は 杉本さんの写真以外のお仕事をほとんど知らない ん です。 もっとも 料理については、 『趣味と芸術――謎の割烹 味占郷』(ハースト婦人画報社 2015年)を拝見して、感を深くしたことがありました。   杉本さんの手になるお料理は、 どれもこれもじつに旨そうな ん ...