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2020年11月21日土曜日

『國華』1500号❣❣❣7

左隻の立葵は、琳派の画家によってしばしば描かれた華麗なモチーフですが、多くの薬効が知られてきました。この屏風が制作されたと推定される正徳年間、九条家の当主は九条輔実[すけざね]でしたが、そのころ子供の師孝[もろたか]が、わずか26歳で没しています。

このような点から、輔実が病魔に冒された師孝の病気平癒を願い、光琳に依頼して、解毒薬効の表象ともなる孔雀と立葵を一双屏風に描いてもらったのではないかと、饒舌館長は推定したのです。けっこう当っているんじゃ~ないかなと自負していますが、またまた妄想と暴走だと笑われちゃうかな(笑) 

それはともかく、立葵の美しさをもっともよくたたえている詩歌は、唐末五代の詩人・徐寅の五言律詩「蜀葵」です。またまたマイ戯訳で紹介することにしましょう。

 

2020年11月20日金曜日

『國華』1500号❣❣❣6

 

僕は以前からニューアイデァを温めてきた、尾形光琳筆「孔雀立葵図屏風」を取り上げました。もともと光琳とゆかりのある九条家に伝えられ、『國華』にも九条家所蔵として紹介されたことがある名品ですが、そのあと原三渓の手に渡り、さらにあるプライベート・コレクションへ移りました。

そして最近、旧ブリヂストン美術館――名称も新しく華々しいスタートをきったアーティゾン美術館が収蔵することになった、あまりにも有名な光琳の重文屏風です。

さて、右隻の孔雀は、文禽ともたたえられる姿の美しさに加え、害毒を消去し息災延命の功徳を有する孔雀明王のイメージにつながっています。

2020年11月19日木曜日

『國華』1500号❣❣❣5

 

ついに1500号に達した『國華』は、「日本・東洋美術の伝統」という記念特輯号として編輯されました。まず辻惟雄さんの「日本美術の特質について――かざり、あそび、アニミズム」と、高階秀爾さんの「『源氏物語』の女たち」という巻頭論文から始まります。我らが美術史界の重鎮――というより、現在も日本美術史界のオピニオン・リーダーであり続けるお二人は、『國華』の編輯委員としても長い間活躍されました。

これに続いて、10人の編輯委員がそれぞれ、随論や作品解説を寄稿しています。「随論」というのは、70年にわたって『國華』編輯にたずさわり、現在の『國華』に育て上げた水尾比呂志さんが、随筆と論文を綯い交ぜにした文章に名づけたもので、僕もよく使わせてもらっています。


2020年11月18日水曜日

『國華』1500号❣❣❣4

これを物心両面で温かく、また力強く支え続けてくれたのが、創刊後間もなくやってきた危急存亡のときを救ってくれた村山龍平翁と上野有竹斎翁であり、両家が社主をつとめる朝日新聞社でした。その支援は現在も絶えることなく続けられています。

このように朝日新聞は、日本東洋美術研究のすぐれた庇護者であり、日本東洋文化の守護神であるといっても過言ではないと思います。もし朝日新聞の支援がなかったとしたら、『國華』は『ガゼット・デ・ボザール』と同じ運命を、しかもより早くたどっていたにちがいありません。

たとえ朝日新聞に反省すべき点があったとしても、もしそればかりをあげつらおうとする方がいらっしゃるなら、このような採算を度外視した日本東洋美術に対する朝日新聞の貢献を、饒舌館長は声を大にして叫びたいのです。今の言葉でいえばコストパフォーマンスをまったく無視した、日本東洋文化に対する熱烈なサポートです。




 

2020年11月17日火曜日

『國華』1500号❣❣❣3

 

世界でもっとも長命の美術雑誌が我が国にあるということは、日本が美の国であることの証明です。美術のまほろばであることの証しです。人文科学はもとより、社会科学でも、自然科学でも、世界最長の雑誌は必ず欧米にあると聞いたことがあります。それが美術だけは、我が日本に存在するんです。

これは美術を愛して止まない国民、日本東洋美術を慈しむ世界の人々が、明治以来『國華』を支えてくれたからにほかなりません。そのような人々の期待に応えて、岡倉天心以来、編集に携わってきた先輩たちが大変な努力を傾けてきたことも、ぜひ書き加えておきたいと思います。


2020年11月16日月曜日

『國華』1500号❣❣❣2

しかし、美術雑誌という条件にすれば、日本はおろか世界でもっとも古いということになるんです!! 『國華』より30年ほど早く、1859年フランスで『ガゼット・デ・ボザール』という美術雑誌が創刊され、ずっと出版され続けてきたものの、2002年、ついに休刊という名の廃刊(!?)になってしまいました。

『國華』のあと10年ほどして、イギリスで『バーリントン・マガジン』という美術雑誌が創刊され、これは現在も続いています。しかしこうなれば、『バーリントン・マガジン』がいくら頑張っても、我が『國華』を追い抜くことは絶対にできません――「当り前田のクラッカー」(!?) 

2020年11月15日日曜日

『國華』1500号❣❣❣1

『國華』1500号発刊❣❣❣ 特輯「日本・東洋美術の伝統」

 明治22年(1889)10月、岡倉天心を中心とする人々によって、『國華』創刊号が世に出ました。それ以来じつに131年、絶えることなく出版され続け、ついに1500号という節目の号に達しました。

絶えることなくといっても、じつは関東大震災と太平洋戦争敗戦前後には、何ヶ月間か出版がとどこおったことがありますが、それ以外は毎月、定期的に発刊されてきました。もっとも、僕が編輯アルバイトをやっていたころ、出なかった月があるにはあるのですが(笑)

 現在我が国で出版されている雑誌のうちで、『國華』はもっとも長い歴史を誇っています。『中央公論』は『國華』より若干早く出版されましたが、これは途中で誌名が変っているそうです。したがって、創刊当時の誌名を守り続けて出版されている雑誌のうちでは――という条件をつけての話ですが……。 

江戸東京博物館「江戸博×出光コレクション初共演 浮世へのいざない」5

  「 差出し 」 とは、電気のない時代に用いた花道の俳優を照らすための照明用具です。 角形の燭台に長い柄をつけたもので、二人の後見が前後から差し出して照らしました。「面明 つらあか り」ともいい、現代でも古風な演出には使われます。かつて 何かで 見た記憶はありますが、以上は平凡...