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2018年9月28日金曜日

静嘉堂文庫美術館「松浦武四郎展」3


 『自伝』の一節もすごいなぁと感動を呼び起こしますが、僕はその辞世に、さらに強く心を動かされました。それは歳をとるにしたがって、2月6日がめぐってくるたびに、だんだんと強まっていきました。その後、少なくない偉人の辞世を知りましたが、武四郎を超えるものに出会った記憶はありません。

ところが今回、これは武四郎が理想を述べた辞世であって、実際はそうじゃなかったことを知りました。武四郎は晩年、法隆寺や伊勢神宮外宮、出雲大社など、かつて訪れた全国の名だたる社寺から古材を譲り受けました。それを用いて「一畳敷き」の書斎を、神田五軒町の自邸に増築し、そこで悠々自適の日々を送りました。現在は、国際基督教大学内の有形文化財「泰山荘」に移築され、大切に保存管理がはかられています。

2018年9月27日木曜日

静嘉堂文庫美術館「松浦武四郎展」2


 これはいよいよ今日から、我が静嘉堂文庫美術館で始まった「松浦武四郎展」のリードです。僕が松浦武四郎という偉大な存在をはじめて知ったのは、桑原武夫先生の『一日一言』(岩波文庫)においてでした。毎日、その日の項を必ず読むという日課を、僕は学生のころから続けてきました。

いつ、どこで読むのかって? 朝、於トイレです――桑原先生、申し訳ございません!! その2月6日の条に、「この日伊勢に生まれた探検家」として、武四郎が登場するんです。その項を、丸写ししておきましょう。

我、もと遊歴を好んで山川を跋渉して、いかなる険もいとわず、日に十六、七里、その甚だしきときには三十里にも向うことなり。しかるに粗食を常として、生来、美服を好まず。不毛の地に入るときは、日に二合の米を食して、その余は何にても生草生果の類、生魚、干魚等を多分に食し、身命堅剛……(伊)勢国を出でしより未だ一日も病にさわり候こともなく、一帖の薬を服することもなし。(自伝)

我死なば 焼くな 埋めな 新小田に 捨ててぞ秋の みのりをば見よ(辞世)

2018年9月26日水曜日

静嘉堂文庫美術館「松浦武四郎展」1


静嘉堂文庫美術館「生誕200年記念 幕末の北方探検家 松浦武四郎」展<129日まで>(924日)

 
「幕末の北方探検家」「北海道の名付け親」松浦武四郎(18181888)をご存じですか? 武四郎は当時の蝦夷地に6回も渡って調査し、初めて内陸部まで詳細に記した地図を作成しました。また、明治2年(1869)、蝦夷地の新たな地名の選定を任され、「北加伊(海)道」という名を選びました。「北の人々が暮らす大地」という意味です。さて、武四郎のキーワードは上記2つだけではありません。彼は「古物の大コレクター」でもありました。

 本展示では、そのうち「幕末の北方探検家」「古物の大コレクター」という2つの面に焦点を当て、幕末・明治前期を生きた稀有な存在、松浦武四郎の姿をご紹介します。2019年春には、テレビドラマ化も決定しました。生誕200年の記念の年、その多彩な事蹟に是非ご注目ください。

2018年9月25日火曜日

筆の里工房「筆が奏でる琳派の美」2


今日はいよいよオープンの日です。音には聞いていましたが、あまりの立派な施設に心底驚いてしまいました。展示内容も、俵屋宗達筆「牛図」をはじめとして、素晴らしい作品が集められています。豪華なカタログを開けば、僕のエッセー「琳派――筆と墨――」が巻頭を飾っていて、ちょっと恥ずかしいように気分になりました。

オープニング・セレモニーでは、日本画家・中野嘉之さんの新作「平成の風神雷神図屏風」が披露されました。現在、独創的水墨画の世界を切り開いている中野さんですが、銀地に着彩を用いた、意欲的力作です。皆さんと一緒に、僕も惜しみない拍手を捧げたことでした。

そのあと僕が、基調講演「筆が奏でる琳派の美」を行ないました。普通でしたら、「筆が奏でる琳派の美 饒舌館長口演す」とやるところですが、今回は何といってもお目出度い特別展のトークですから、「饒舌館長口演す」は省いて真面目なタイトルにしました。

2018年9月24日月曜日

筆の里工房「筆が奏でる琳派の美」1


筆の里工房「熊野町制100周年記念特別展<筆が奏でる琳派の美>」オープニング(922日)

不思議なことには、広島に熊野があるんです! その熊野に筆の里工房があるんです!! そこで上記の特別展がオープンしたんです!!! 

熊野の筆づくりは江戸時代の末に始まったそうですが、いまでは「熊野筆」として有名ですね。書道の筆はもちろんですが、最近ではお化粧に使う化粧筆も、すぐるとも劣らぬ人気を誇っているようです。

数年前、熊野町制100周年をことほぐ琳派展を企画しているので、監修者をやってほしいと、筆の里工房の理事をもつとめている畏友・島尾新さんから頼まれました。二つ返事でというか、軽いノリでというか、ソク引き受けたことは、いうまでもありません。ぶっちゃけていえば、監修者といってもノミナルなものにして、具体的な準備はすべてヤンガー・ジェネレーションの畏友・奥平俊六さんに……という条件でお引き受けしたのでした。

2018年9月23日日曜日

『君たちはどう生きるか』5


フェイスブック仲間のUさんが、ちょっと忙しくて落ち込み気味だという近況をアップされたとき、すべてを完璧にやろうなんて思わずに、「九勝六敗を狙え」とエールを送ったことがあります。ついでに、『京都新聞』のリレー・エッセーにそれを書いたことがあると一言添えたところ、ぜひ読んでみたいといわれてしまいました。

もちろんヨイショでしょうが、ちょっと手を加えて、何回かに分けてアップさせてもらうことにしましょう。「K11111のブログ」に紹介したような気もしますので、すでに読んだ方はスルーしていただいて結構です。

2018年9月22日土曜日

『君たちはどう生きるか』4


とても新聞に書ける体験なんかありませんが、「お題をください」といった手前、書けないともいえません。「喜んで書かせてもらいましょう」と返メールを打ったとき、もうオチは「九勝六敗を狙え」に決まっていました。

これは僕が人生論本から見つけ出した最高のフレーズだと威張っていましたが、ある朝、『朝日新聞』を開くと鷲田清一さんが、「折々のことば」に引用しているじゃありませんか。鷲田さんと僕の人生観がつながっているようで、こんなうれしいことはありませんでした。

ところで、このブログを書くにあたって、これまた『うらおもて人生録』を書架から引っ張り出すと、「解説」は先日お亡くなりになった西部邁先生です。いってみれば色川×西部は無頼派同志、ほかの人は絶対ものすことができない、恐ろしいような解題です。しかも、『君たちはどう生きるか』の「解説」が丸山真男先生であることと比較すると、実におもしろいじゃありませんか。