愛用する『能・狂言事典』(平凡社 1987年)から、「高砂」の「鑑賞」を引用することにしましょう。編者のお一人である羽田昶さんは、能謡曲にまったく無知であった僕を親切に教導してくださった恩人です。「光琳と能」「宗達と能」といった拙論をまとめることができたのも、ひとえに羽田さんのお陰でした。「高砂」の項を執筆しているのも羽田さんです。
九州阿蘇の宮の神主が京に上る途中、 播磨の高砂の浦に立ち寄ると、松の木陰を清める老人夫婦に出会う。老人は、この木が相生の松であると教え、自分は摂津の住吉の者で、この姥が当地の者だからいわれを詳しく知っているという。この夫婦の別居を神主は不審に思うが、老人たちの説明によると、 妹背の仲は住む所などにかかわりがなく、高砂の松と住吉の松も、相生の松といって夫婦の松なのだという。
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