2023年2月20日月曜日

『美術商・林忠正の軌跡』4

華族という身分をもち、美術学校の教授、美術関係者として重きをなしていく黒田清輝は、この風土に掉さして、日本の洋画の指導者として君臨することになる。黒田は地位や身分を利用して、改革のある部分を成就させたかに見える。だが彼は「古い芸術」と闘った、印象派の精神も行動も理解してはいなかった。日本の近代絵画の祖、日本の印象派と言われる黒田は、ただ明るい色彩を齎しただけだったのではないだろうか。

 

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出光美術館(門司)「琳派の系譜」8

この二つの松は、『万葉集』『古今和歌集』の二集にたとえられ、松の葉の栄えは和歌の言の葉の栄えを意味し、つまりは天下泰平の象徴だというのである。 老人はなお松の徳をさまざまに物語り( クセ )、自分たちこそその松の精だと名を明かし、先に住吉へ行って待っていると言い残して小舟で 沖 ...