2021年11月14日日曜日

菱川宗理筆「娘に猿図」2

菱川宗理の事跡については、かつて追悼の辞を捧げた永田生慈先生が「宗理考」(『國華』1062号)において明らかにしていますが、それによると文政元年(1818)ごろ没したようです。

「娘に猿図」には狂歌師・鹿都部真顔[しかつべのまがお]が「振袖をなぶるは何か見しきゝし人にいはざるやうにたしなめ」という狂歌賛を加えています。仏教における重要な三つ要素を三匹の猿に託して教えた伝教大師の見ざる・聞かざる・言わざるをもじって、娘の秘めた恋をからかっているようです。

これにならって有名な画題「猿猴捉月」ならぬ「猿猴捉裾」から解釈することもおもしろいでしょう。水に映る月影と女性の美しさは所詮はかないものだという寓意であるというのが、饒舌館長の独断と偏見です( ´艸`)

 

0 件のコメント:

コメントを投稿

追悼シンポジウム「高階秀爾館長と大原美術館」4

   僕は10月17日が、 杉田玄白とともに『解体新書』を翻訳出版した 蘭化前野良沢の 祥月命日でもあることからスピーチを始めました。もちろん高階先生が『解体新書』を「江戸のなかの近代」として 最重要視され 、出版220周年の1994年には、挿絵を担当した小田野直武の出身地である...