全世界がひとしなみに自国ファーストに陥っている現在、本書を読んで先生から学ぶべきことは、きわめて多いように思われるのです。
1921年、先生は岩崎小弥太の委嘱を受けて、静嘉堂文庫第2代館長に就任されました。このことについては、『諸橋轍次博士の生涯』に、次のごとく記されています。
留学決意後、博士は最後の手段として自分の持ち家を売却し、家族を故里の下田村庭月へ帰すことを考えられたが、偶々、友人の土田誠一が博士の高師の先輩、三土忠造に博士の窮状を話したところ、三土は岩崎小弥太男爵に懇請して三菱からの経済的援助が決まった。(帰国後、博士は岩崎男爵から静嘉堂文庫長を委嘱された。)
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