2019年3月18日月曜日

國華特輯号「屏風絵新考」3


 この屏風がいかなるものであったかも不明だが、私たちは正倉院に伝えられる「鳥毛立女図屏風」や「唐詩屏風」によって、少しく想像することができよう。


それらは独立する六面のパネルを、接扇とよばれる一種の紐で結び合わせたものであった。やがて二面を一単位とする縁取りとなり、さらに六面一括の縁取りとなって、真なる意味での大画面が成立する。それを推進したのは、紙による蝶番[ちょうつがい]の発明で、十四世紀、我が南北朝時代のことであった。以上は主に、武田恒夫氏の大著『近世初期障屏画の研究』(吉川弘文館)が教えてくれるところである。


この大画面確立以降における屏風絵の飛躍的展開については、改めて述べるまでもないが、それが日本近世絵画を――あるいは日本絵画を特徴づける画面形式であったことに、異国の人々が注意をむけた事実は、大変興味深く感じられるのである。

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