2018年1月30日火曜日

静嘉堂文庫美術館「歌川国貞展」9


屏風の陰にいる客と艶やかな夢を見た遊女は、緋鹿の子の長襦袢を羽織って立ち上がり、行灯の灯心をかきたてています。行灯の上部から漏れる光は、遊女の顔を浮き上がらせながら、放射状に広がっていきます。それが巧みな雑巾ぼかしによって、表現されていますが、このマニエラは、初代豊国の「風流七小町略姿絵」シリーズの「かよひこまち」に求められます。

二人の美人が棒の先につるした提灯をもって夜道を歩くシーンで、その提灯から漏れる光が、国貞の「行灯」と同じように、雑巾ぼかしで表現されているからです。明らかに国貞は、この初代豊国の作品をマニエラとして使っているんです。

もちろん、国貞がより一層エロティックな雰囲気を強め、遊女の饐えたような体臭まで漂わせて、独自の世界を創り出していることは、いうまでもありません。しかし、初代豊国の「かよひこまち」がマニエラとなっていることは、否定できないことのように思われます。あるいは、これと異なるマニエラがあった可能性も残りますが、マニエラが存在したという事実を否定することはむずかしいでしょう。


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