2018年1月10日水曜日

前方後円墳10



また、内裏清涼殿の東側弘庇[ひろびさし]の北側突き当たりに立てられた「荒海障子」[あらうみのしょうじ]もよく似ています。障子といっても、今の襖のことですが……。表側には中国の『山海経』に基づいて、手長・足長という怪人あるいは仙人がいる荒海の図が、裏側には宇治川に網代を仕掛けて魚を捕る図が描かれていました。いずれも墨絵だったそうです。

さらに、内裏清涼殿の弘庇に置かれた「昆明池障子」[こんめいちのしょうじ]もまったく同じです。この衝立障子の表側には、漢の武帝が水戦訓練のため長安城の西に掘らせた昆明池の図が、裏側には、嵯峨野における鷹狩りの図が描かれていました。いずれも彩色画だったそうです。この二つの障屏画は、日本絵画史的にみれば、唐絵とやまと絵の結合ということになります。

すべて平安時代の話ですが、相違よりも相似を重視してくっつけちゃうという点で、前方後円墳とよく呼応しています。現代わたしたちが普通に用いている漢字仮名交じり文も、漢字と仮名を結び合わせ、一つにして書いちゃうという表現形式です。漢字が男文字、仮名が女文字と呼ばれていた事実は、前方後円墳における方墳と円墳の結合を考えるときにも、なんと興味深いことでしょうか。

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