2017年10月22日日曜日

美郷カレッジ「美は育み癒し健やかにする」4


つぎの美郷町郷土資料館では、このあたりで出土した縄文土器や、みごとな遮光器土偶――現物は東京国立博物館に寄託しているそうでパネルだけでしたが、それらを拝見しているうちに、かつて『秋田美術』に寄稿した冷や汗ものの秋田縄文論を思い出したことでした。

「名水百選」にも選ばれた美郷町にはかつて40軒以上の造り酒屋があったそうですが、いまやわずかに2軒となってしまっているそうです。この2軒が醸した「奥清水 美郷雪華」と「春霞」を、大原さんご夫妻とともにご馳走になりましたが、前者が芍薬なら後者は牡丹、いずれおとらぬ名醸ぶりでした。

芍薬・牡丹に引っ掛けて、「名嬢ぶり」と書きたい誘惑に駆られますが、「来るものは拒まず去るものは追う」とばかりに痛飲、最後は芍薬と牡丹の区別もつかなくなってしまったことでした(!?)

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

山種美術館「皇室ゆかりの美術」4

青邨は、本来のいい意味で「したたか」だったのです。漢字で書けば「強か」ではなく、「健か」の方がふさわしいでしょう。青邨はそれを奥に秘め、決して表面に出すことをしませんでした。だからこそ、青邨を誰よりも早く見出し、高く評価した横山大観のような、おもしろいエピソードはあまり多...