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2017年4月20日木曜日

五山文学の春6


表立って詠われなくても、当然二匹は番[ツガイ]の雌雄のように認識されていたのではないでしょうか。そうだとすれば、ほとんどストレートに後半へつながっていくことになります。

この詩の基底をなすのは、荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶の区別を忘れたという故事です。それを指す「蝶夢」という言葉と、「春夢」という言葉が美しく共鳴しています。

それはともかく、『荘子』において、とくに二匹で遊んだとあるわけではありませんから、おそらくその後に生まれた蝶といえば二匹のツガイという観念が、「春夢」の大切なポイントになっているように思われます。

 

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