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2020年5月31日日曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)7


多くの匠[たくみ]や農民が ともに残留したために
今に至るも日本の 器物工芸みな精巧
唐の時代にゃみつぎもの 持ってしばしばやってきた
地位ある人はほとんどが 詩も文章も巧みなり
徐福が日本へ行ったのは 焚書坑儒の少し前
だから本場にゃない『書経』 百篇そろって遺るはず
こちらじゃ所持さえ厳禁で 伝えることも許されず
ゆえに蝌蚪文字[かともじ]読める人 一人もおらず中国に
孔子が編んだ聖典を 持っているのは異民族
♫海は広いな 大きいな♫ その港にも近づけぬ
それを思うと胸痛み 涙こぼれる ひとりでに
錆びちゃう短刀――そんなもん 比べられるか!! 聖典と

2020年5月30日土曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)6



西のえびすの昆吾国[こんごこく] はるかに遠く行けやせぬ
玉さえ切れるその名刀 見た人はゼロ 噂だけ
ところが最近日本の すごい宝刀現れた
越の商人[あきんど]買ったのは 青海原の東の地
香りよき木でできた鞘[さや] それに鮫皮[さめがわ]貼ってある
黄金[こがね]の真鍮 銀色の 銅の拵[こしら]えみごとなり
大金払った好事家の 大コレクションに加わった
これを差してりゃ凶運も 妖怪さえも逃げていく
人づてに聞くその国は 大きな島にあるそうで
土地は肥沃で 風俗も 純朴無比ということだ
秦の徐福は人たらし 日本へたくさん連れってた
仙薬探して全国を…… やがて子供も老人に……

2020年5月29日金曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)5


僕がもっとも興味深く感じたことの一つは、北宋人が高い水準を保つ日本の工芸品――刀剣や摺扇などに高い関心を向けていたほか、文人ネットワークにおいては、もはや中国で失われた文化の一部が日本に保存されているというイメージを常にもっていたという指摘でした。柳田國男が『蝸牛考』で発表したような文化の特性を、北宋の知識人はすでに感じ取っていたのです。
そうした考えを代表するものとして、石守謙さんは唐宋八大家の一人である欧陽脩の「日本刀歌」を引用しています。この漢詩は2年ほど前、京都国立美術館で開催された特別展「京のかたな 匠のわざと雅のこころ」をアップロードしたとき、僕も紹介したことがありますが、石守謙さんは論旨に必要な1聯を掲げるだけですので、改めてマイ戯訳のバージョンアップ版をエントリーすることにしましょう。



2020年5月28日木曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)4



我々は更に、1617世紀の中国における摺扇画の興隆と発展の後に、それらが発祥の地である日本へと「逆に伝わってゆく」現象を見る。すなわち一つの「相互に作用しあう」関係があるとわかり、東アジア文化イメージの形づくられる過程を理解できる。実に難しいけれども注意して観察するに値する問題であるといえよう。
 このように石守謙さんは、人間の文化を相互影響としてとらえ、つとめて教条主義から距離を置こうとしています。僕もこうありたいと思いながら、実際はなかなかむずかしいことを白状しなければなりません。
続いて石守謙さんは、摺扇が中国で発展する過程において、山水画がもっとも重要な位置を占めていたことを見抜き、実証的考察を進めていきます。是非お読みいただきたいと存じますが、『國華』のオネダンを考えるとそう強くも言えず……()

2020年5月27日水曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)3



摺扇と摺扇画は中国で発明されたのではなく、その東に位置する高麗と日本から1011世紀には既に伝わっていたものである。摺扇の伝来と使用において、中国・日本・朝鮮半島の三つの地域は早くから、一つの互いに繋がりあう全体をなしていた。このことは後世で摺扇が「東アジア」文化の表象となる基礎を育てたといえる。……しかし摺扇の場合はその逆の道筋を行き、中国の立場は受容者にすぎず、日本こそが摺扇の東アジア文化圏における移動の起点となったのである。そして高麗(及び後の朝鮮王朝)は、日本で生まれた摺扇が西に伝わる中継点となり、また彼等自身も摺扇を生産したのちには別の起点の一つとなった。言い換えれば、摺扇の中国での使用と後の摺扇画の流行は、基本的にこうした摺扇が東から西へ伝わった結果なのである。

2020年5月26日火曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)2


 

 
 2015年、石守謙さんは三聯書店から出版された『移動的桃花源 東亜世界中的山水画』に、「桃花源意象的形塑与在東亜的伝佈」という論文を発表されました。すごい論文だということを板倉聖哲さんから聞いた國華編輯委員会は、これを翻訳して登載させていただくことにし、大和文華館の都甲さやかさんにそれをお願いしました。
翻訳が上がってくるとすぐに拝読し、はじめて扇面画の大きな展開を知ることができました。それだけではありません。世界が偏狭な愛国主義へ向おうとする現在、多くの人が読むべき示唆的文化論であると、感を深くいたしました。まず「はじめに」の一部を引用して、論文の概要と石守謙さんの視点を理解することにしましょう。ここでいう「摺扇」とは、折り畳むことができる扇の意味で、日本語でいえば「扇」「扇子」「扇面」のことです。

2020年5月25日月曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)1


石守謙「物の移動と山水画――日本摺扇の西への伝播と扇面山水画の明代中国画における流行――」上下(『國華』14931495号)
 石守謙さんは台湾を代表する芸術史研究者です。台湾大学芸術史研究所所長、故宮博物院院長をつとめられ、現在は中央研究院歴史言語研究所で研究にいそしんでいらっしゃいます。僕はその研究から多くを学ばせていただいてきました。僕だけではありません。日本を含めて東アジアの美術を研究していれば、石守謙さんのお名前を知らない人はいないでしょう。
学んだだけではなく、長い間親しくさせてもらってきました。台湾を訪れたとき、何度か台北世界貿易センタービル最上階のレストランで、最高の中華料理をご馳走になりました。そこで僕は、石守謙さんが東京文化財研究所の国際シンポジウムに参加されたとき、感謝を込めて鶯谷のおいしいラーメンをご馳走したのでした() 僕たちは親しみを込めて、「せきしゅけん」ではなく「いしもりけん」とお読みすることもあります。
   本来なら「石守謙先生」とお呼びすべきところですが、お元気な方は「さん」、鬼籍に入られた方のみ「先生」とするという「饒舌館長」のルールに従うことをお許しください。

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