「画禅入三昧」は「画禅三昧に入る」とも「画禅三昧に入れ」とも読めますが、後者であったと思います。この教えによって、近代的自我は目指すべき理想から、画に没頭して雑念を離れれば、おのずと獲得される三昧の境地に昇華したのではないでしょうか?
30代半ばにして画伯がスランプに陥り、精神的安寧を失ったことがあったとお聞きして、それは画伯が芸術家として理想に求めた近代的自我のゆえであったのではないかと思い至ったのです。そしていよいよ人間前田廉造れんぞうさんが好きになりました。
近代的自我といえば、すぐに川端龍子が思い出されます。しかし院展と袂を別って、青龍社の創設に邁進した近代的自我の鬼子ともいうべき龍子と異なり、あくまで院展に留まり近代的自我を三昧境に解き放って創作を深化させたのが青邨画伯でした。その画伯と龍子が同じ明治18年1885生まれというのも、何という偶然の一致でしょうか。もちろん龍子も偉大にして尊敬すべき画家でしたが、その生き方は僕にとってとても真似のできないものでした。
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