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2026年10月4日日曜日

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」8

 


      座敷空間が見えてきた!

時を戻そう、 襖絵が制作された時代へ。1998年から2000年の大英博襖絵の解体修理で見つかった裏貼りなどから、襖絵群は伝承通り奈良県桜井の多武峰・談山神社にあったことが確実になった。 談山神社は、大化の改新の中心人物、 藤原鎌足を祀る古社で飛鳥時代の創建。 幕末までは、多武峰妙楽寺という神仏習合の寺院だった。


慶長17年(1612)4月に比叡山の賢盛法印 (?-1624) が、駿府で徳川家康の命により初めて妙楽寺の学頭に任じられる。 学頭は多武峰全体の事実上の統括者で、明治維新まで26代続く。 学頭の屋敷=竹林坊は現存しないが、 襖絵群はこの屋敷の内部を飾る建具として制作されたのだった。慶長19年(1614)、 豪雨により裏山が崩れ、土石流で境内の建物の多くが倒壊、 学頭の賢盛法 印は再建に努めた。

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東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」9

  私は2025年6月から日課として膨大な談山神社古文書のチェックを始めた。 ひと月ばかりたった頃、学頭の日誌を見ていて胸が高鳴った。 頻出する「花鳥之間」「富士之間」の記事。 竹林坊学頭屋敷のこれらの部屋に社僧たちが一堂に揃い、盛んに行事を営んでいたのである。 天保4年(183...