煩悩の代表的なものとして、仏教では貪とん・瞋じん・痴ちの三をその代表としてあげ、いずれも悟りに向う修行者には障害となるから、三毒とも名づけたのである。貪とんとはむさぼりの心、瞋じんとはいかりの心、痴ちとは真理に対して愚かな心をいう。
ところが密教では、これらの煩悩を頭から否定しない。煩悩もまた、その本質から見ると空であり、善とか悪とかいった価値判断を持たないと見るわけである。それよりも、むしろ人間の本来的に持つ欲望のエネルギーに満ちた生命力を、そのまま生かすことによって、社会に働きかけ、衆生を救済する原動力にしようとする。
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