ここ(神・菩薩・悪鬼が並置され地位が与えられていること)には、近代の科学文明が持つ淘汰、排除、疎外といった否定の原理は見当たらない。その背後には、現象界に存在する一切の存在の中に無限の価値を認め、それぞれの持つ特性を、そのまま真理の部分的な表現と見る、密教独自の肯定の思想が秘められている。
自己が他と対立し、排除し合う関係ではなく、現実に存在する人間はもちろんのこと、鳥や獣、魚や虫けら、一木一草にいたるまでが同体であり、俗なるがままに聖であるという関係を、曼荼羅は宇宙の凝縮図として示そうとしているのである。
0 件のコメント:
コメントを投稿