それが奇縁となって、このたび日本美術院の外部から意見を述べつつ応援するような役目を仰せつかりました。上野精養軒で開かれたレセプションで挨拶を求められた僕は、日本美術院との関係を3つ述べてそれに代えることにしました。もちろん一つは先の前田青邨顕彰中村奨学会と中村賞ですが、もう一つは岡倉天心が明治22年1889創刊した『國華』の編輯に半世紀以上かかわってきたことです。
さらにディレクターをつとめていた秋田県立近代美術館で、「平山郁夫展 大唐西域画への道」を開催させていただき、多くの県民が平山芸術に酔いしれたことを加えました。『國華』編輯の件では、またまた天心創刊の辞を音吐朗々と暗唱して拍手と笑いを強要しましたが、第111回再興院展記念レセプションには、あまりふさわしくなかったかな( ´艸`)

0 件のコメント:
コメントを投稿