「僕の一点」は「朝晴」ですね。終戦後の昭和21年1946、文展が「日展」と改められふたたびスタートを切りました。その第1回日展で玉堂は審査員をつとめるとともに、この「朝晴」を出品したのです。
葉を打ち落とした落葉樹と、緑をたたえる松の向こうに尾根が続いています。そこを人や荷物を乗せた馬が3匹、馬子に引かれて歩いています。尾根は細く狭く、油断をすると人馬もろとも転げ落ちそうです。危険な尾根伝いです。季節は晩冬から早春のころ、その尾根の向こうには、白雪をいただく山が美しく気高い姿を見せています。
ここに僕は、これから日本が進まなければならない、険しい道を表象させようとした玉堂の意図を読み取りたい誘惑に駆られるのです。玉堂の覚悟といってもよいでしょう。それは苦難の道にちがいありませんが、その先には白く輝く高き嶺が待っているのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿