たとえ僕の印象が間違っているとしても、ヒナゲシや芥子が中国的なイメージを有する草花であることだけは証明されたように思います。すると出光美術館が所蔵する狩野重信の「麦・芥子図屏風」は、和漢のイメージを組み合わせた一双屏風ということになるのではないでしょうか。
麦は早くも『万葉集』に「馬柵うませ越しに麦食はむ駒のはつはつに新肌にいはだ触れし児ろし愛いとしも」と詠まれています。中西進さんによれば、「馬柵ごしに麦を食べる駒のように、やっと僅かに新肌を触れた子が愛おしいよ」という相聞歌になります。
俳諧となれば枚挙にいとまありません。与謝蕪村にも「狐火やいづこ河内の麦畠」という、いかにも蕪村らしい佳吟があります。同じ麦でも、「麦」「麦の穂」「麦の秋」は夏の季語、「麦の芽」は冬の季語になるそうです。麦が日本人の生活と密接に結びついた結果、細分化されることになったのでしょう。

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