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2024年9月22日日曜日

出光美術館「物、ものを呼ぶ」12

 

一方、忠直の嫡子・仙千代は、元和9年ただちに父の家督を継ぎ福井藩主となりましたが、翌寛永元年越後国高田転封を命じられ、当時高田藩主となっていた叔父の忠昌と入れ代わることになりました。これが紆余曲折の顛末ですが、仙千代はいまだ10歳だったので、2代将軍徳川秀忠の娘である母・勝子とともに江戸屋敷に入り、二人の家老が越後に下って政務を執りました。実際に彼が母とともに高田に入ったのは、寛永11年のことでした。

ところがこの江戸在住時に、仙千代にとって、勝子にとって、また松平家にとってきわめて大きな記念すべき慶事があったのです。寛永6年、仙千代は15歳にして元服、しかも3代将軍家光の一字を拝領して光長と改名することができたのです。断絶の危機にも直面した松平家にとって、これ以上の慶びがあるでしょうか。


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