日本の三重の塔や五重の塔は、パゴダが中国・槿域を経由して日本的変容を遂げたものにほかなりません。我が国初期の伽藍配置である飛鳥寺式や四天王寺式をみると、塔が境内の中心に位置しています。それはパゴダが寺院の中核であったことのかすかな記憶だといってもよいでしょう。
だからこそ、一度ミャンマーを訪ねて実体験しなければ、日本仏教美術史を語ることなんてできるものじゃ~ないと思います。しかし後期高齢者に、その機会は残されているものでしょうか?(笑)
伊勢地方では、昔松阪町殿町に住んでいた徳川紀州藩士、継松栄治がカワラナデシコ(カラナデシコの誤り?)を栽培していたところ、偶然花弁の長い変種が発現した。これを改良したのが伊勢撫子のはじめと主張する 人 もある。 嵐冠十郎が持ち上げているのは イセナデシコ じゃ ~ ありま...
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