2021年3月13日土曜日

まちの記憶・蒲田4



女塚神社にお参りしたことはありませんが、蒲田の家の近くには稗田神社があり、もちろんお祭があると必ず出かけました。蒲田に引っ越す前は隣の大森に住んでいて、そのころはもっぱら天祖神社のお祭でしたが、これらに「千里眼」や「大イタチ」があったかどうか、記憶が定かじゃ~ありません。

よく覚えているのは、蛇をダシに使ったガマの油売りと透視眼鏡、それからドブ泥万年筆売りですね。小沢さんがいうとおり、これらは単なる物売りではなく、確かに一つの「芸」だったと懐かしく思い出されるのです。

 今の家の近くには亀ヶ岡神社があって、お祭があるとよく出かけますが、このような芸を絶えて見ることがありません。 

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