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2020年1月31日金曜日

アーティゾン美術館「見えてくる光景」11

 
 ここで誰しも抱く疑問は、食料の確保に多くの時間を用意しなければならなかった縄文時代、いかなる目的のために、このような配石 遺構や環状列石が作られたかということであろう。この時代は意外に食料が豊かで、人口も少なく、採集狩猟にそれほどの時間は取られなかったと考える研究者もいるが、たとえ この仮定に立ったとしても、明確な目的がなければ、このような構造物を造るはずがない。 『展示図録』によれば、大きく分けて三つの 目的や機能が考えられているようである。
第一は、人を埋葬するための墓である。環状列石を形づくる配石 (組石)は、大小さまざまな石を1mから2m程度の径や辺のある形に配列したものである。この発掘を主導した斎藤忠氏も、配石の下にある穴を土壙墓とし、配石はその標識的なものとみなしている(『原色日本 の美術』1<原始美術>)。

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