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2018年1月6日土曜日

前方後円墳6


東アジアにおいて男主女従思想――ありていに言えば男尊女卑思想を最初に生み出し、孔子周辺で理論化された中国でも、殷周の前、あるいはさらに河姆渡文化や仰韶文化、馬家窯文化の前には、女性の方が高い価値を、つまり高い地位を保っていたにちがいありません。「河姆渡」のなかに、「女」も「母」も入っているのは象徴的です。

そもそも、漢字に女偏があって、男偏がないという事実にそれが反映しています。女性こそが天であり、男性は地にすぎなかったといってもよいでしょう。

その後中国で新しく興った男尊女卑思想は、もちろん日本にも影響を与えました。日本にも、旧石器から新石器時代へという社会変化があったからです。しかし男尊女卑思想の浸透は、ずっと緩慢なものでした。なぜそうだったかは分かりませんが、わが国にはかなり遅くまでアニミズムやシャーマニズムが残っていました。いや、それが現代にまでDNAとして受け継がれていることについては、すでに文化人類学者が明らかにしてくれています。

かつて僕も、日中の山水画を比較するなかで、それを指摘したことがあります。その拙論は、来年出るであろう『文人画 往還する美』に収めようと思っているのですが……。

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