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2017年11月7日火曜日

泉屋博古館分館「典雅と奇想」2


一図一図が見るものの目を驚かし、脳みそを刺激し、心を揺さぶります。石涛が実際に黄山を訪れたのは、青年期の3度だけで、この画冊はその十数年後、南京で描かれたと推定されるそうです。

「先人に倣わず我が法によって描くのだ」と宣言した石涛ですが、その我が法も十数年という時間の中で、徐々にキャラがとがったものへと純化されていったのでしょう。同じく石涛による「黄山図巻」(泉屋博古館分館蔵)と「黄山図冊」(京都国立博物館蔵)も出陳されていて、神に代わって石涛が創り出した独自の黄山イメージを堪能させてくれます。

「僕の一点」に選んだのは、もちろんそんな石涛黄山に魅了されたからですが、1993年、「辻惟雄先生と行く江南の旅」を企画し、みんなで黄山に登った、忘れがたき思い出によるところでもあるのです。もっともその時は、梅雨にたたられ、あの絶景はほんの一瞬、排雲亭から拝めただけだったのですが……。

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